と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

NHKスペシャル「村田諒太 父子でつかんだ世界王座」の録画を見ていて、考えさせられてしまったよ。

2017年10月29日 22時02分45秒 | とーま君の流儀2017

「ボクシングのロンドン五輪金メダリストで、22日のWBA世界ミドル級タイトルマッチ(東京・両国国技館)で新王者となった村田諒太(31=帝拳)に完全密着したNHKスペシャル「村田諒太 父子でつかんだ世界王座」が、28日午後9時からNHK総合テレビで放送される。」

 

 

上記の情報を得たので、録画していた同番組を21:51見終わった。家に帰るのが遅くなったので、リビングでじっと鑑賞していた。

感動した。

まるっきり哲学者の言動である。

アランも読んでいるし、フランクルもである。

凄い読書量だというのは知っていた。

しかし、恐怖心との闘いというのには、一番心打たれた。

それは、「ボクサー村田諒太は終わっても、父村田諒太は終わらない」という台詞であった。

これは背水の陣という言葉と相反するようだが、ボキは、違った意味で真の背水の陣を知ったような気がした。

彼の父親の生き方が反映していると思った。瀬戸内海で、施設職員をしながら農業もやっている父親である。

この父あっての村田諒太である。

 

考えさせられたよ。

マジに。

 

人生からの問いにどう答えていくかということが、究極にあるのではないのか。

まさにフランクルである。

人生をどう生きるかということではない。それでは主体がオノレにある。違うのである。

うううううううううううううううむ。

深いですなぁ。

「夜と霧」をボクサーに教わるとは。舐めていたのだよ、村田諒太君を。

ボキの書庫にもあるから、再度これを読み返してみようと思う。

 

 

良い番組を録画しておいたものである。明日、BRDに落としておこう。

 

 

 

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週末になるとあちこち出かけたくなるのは、ビョーキなのであろうか。まったくしょうも無いジジイですなぁ。

2017年10月29日 08時00分24秒 | とーま君の流儀2017

虚飾の道を歩んでしまってはならない。これからは、正直・愚直の道をまっしぐらである。どうせたいしたことはないのだから。ただのくそったれジジイでしかないのじゃよん。

 

 

午前中の9時に孫に会いにいく。楽しみである。3番目の孫で、しかも女児である。写真と動画でしか見ていないから楽しみなのである。さっそくジジバカをやっている。

今日もいろいろと忙しい。孫と会ってから、出かける。ある学者にご指導をいただくことになっている。午後である。

それから、ちょっと左膝が痛いのでスパにでも行ってくる。したがって、今日のwalkingは中止。幸いと言って良いか、朝からしとしと雨が降っている。

休めということなり。

休暇も大事である・・・と打鍵して、あっと思った。ボキは、毎日が休暇ではないか。仕事がないからである。

笑ってしまうしかない。

趣味で生きている。まさになにをやっても趣味である。趣味だからモノにならないのである。

退学した某大学大学院でクラスメイトが博士号を取得した時には、唖然としたものだった。離婚までして博士号を取得されたからである。もっとも中国の大学で副教授をされていたから、真剣にやられたのである。博士号がないと教授になれないからである。もっとも、能力・人物ともにかなわなかったが。これ以上は書かない。書いたらアカン。しかし、ボキの目標であったことは間違いがない。

思うに、生涯学習は(ボキの場合は「ごっこ」だけど)、生きがいを作ってくれる。間違いない。やることが次から次へと出てくるからである。

ただし、勘違いをしてはならない。それはボキ自身も肝に銘じているのだが、「自慢しちゃならない」ということである。

生涯学習ごっこをしたからと言って、それを自慢しているようではお里が知れてしまう。

なんだ?

こんな程度の人間なのか?

と思われてオシマイということである。

評価の観点が、他人にある。他人からどう思われるか、どう評価されるかということしかアタマの中にない。ないから、着飾る。オノレを美しく、虚飾でもって飾るわけである。言わば芝居をしているようなもんである。

そんなもん、クソの役にも立たない

そりゃぁ、黒木瞳みたいな美人女優ならわかる。しかしである。ボキはただのきたねぇジジイである。こういうのが勘違いして、虚飾の道を歩んではならない。

そんなんだったら、柳家小さん師匠の落語でも聞いていたほうがいい。

こちとら江戸っ子だい!と、タンカをきっていればいいのである。やせ我慢とも言うけど、これって精神衛生上はかなりのものがある。

落語はそういう人間模様を知らせてくれる。だから、寝るときに毎日聞いているのである。Kindleで。

中でも、柳家小さん師匠の落語が一番である。BGMにもなっている。

小さん師匠のあの無表情から繰り出される落語の名作が実にいい。

 

さ、7:56である。そろそろ出かける。

 

孫に会いに。

楽しみである。

 

わははははっはははっは。

 

(^_^)ノ””””

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10月28日(土)のつぶやき その2

2017年10月29日 05時51分47秒 | とーま君の流儀2017
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10月28日(土)のつぶやき その1

2017年10月29日 05時51分46秒 | とーま君の流儀2017
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/