と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

いい旅・夢気分 「宿紹介(鉛温泉 藤三旅館)」

2017年10月27日 22時27分46秒 | とーま君の流儀2017

ここに行きたかったなぁ。

花巻・・・・・・・・・・・。

宮沢賢治を旅しながら、ICレコーダでも持って、朗読の旅をしたかった。

別のところに行くからで(⌒▽⌒)

 

 

いい旅・夢気分 「宿紹介(鉛温泉 藤三旅館)」

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図書館通いが復活ですなぁ。ありがたい限りである。歩いて行ってくるけど。ルンルンと。

2017年10月27日 08時29分37秒 | とーま君の流儀2017

日向ぼっこだけに行っているわけではないのだ。図書館には(⌒▽⌒)

 

 

居住地にある県立図書館が、システム更新が完了したので今日から復活する。嬉しいモノである。

しかし、図書館もコンピュータ管理されていると、便利なのかそうでもないのかと考えることがる。正直言って、ありがた迷惑である。検索には便利であるが。たちどころに本のある場所がわかるし、自宅にいても、貸し出しの予約ができる。

年金暮らしのジジイには、居心地の良い場所なのである。しかも、生涯学習ごっこを気取っているボキのようなヒマなジジイには安息所みたいなもんである。

本を借りるだけではない。

図書館まで歩いて行くから良いんだ。Walkingの補完にもなる。一日10キロ以上は歩いているから、まさにノルマを達成するための補完行為になるのじゃ。

ノートパソコンも持っていくから腕も鍛えられる。

わははっはははっはっははははっはは。

しかしながら、図書館にはぼ~~~と居眠りこいている中高年もいる。あ、中年はいないか。高年齢者である。南側が日差しが降り注いでなかなかのものである。横に10列くらいずらーっと並んでいて、オーディオが聴けるのだ。一度だけ、ボキもその椅子に座って音楽を聴きながら、新聞を読んでいたことがあった。そしたら案の定、居眠りが・・・・笑ってしまった。

ボキだけは居眠りしないだろうと思っていたら、残念無念。実に居心地がよいのである。

他人のことは言えない。

ボキもまた日向ぼっこが大好きだとその時から自覚しているのである。

気持ちがいいからである。こんな幸せなことはない。

家にいたらなんの役にも立たないのであるからである。情けないけど。

でも、これもねぇ、一人暮らしになったら改めなくちゃアカンですな。

ボキのちょっとだけ先輩で、中国西安の大学でセンセをやっている方がいる。彼が、まさしく中国で一人暮らしをしながらセンセ暮らしを謳歌しているのである。教員だけが入れる寮みたいなところにいる。食事は、大学でとっている。それで定年退職後、ゆうゆうと暮らしている。

9月に西安に行ったときに彼の大学を見てみたいと思った。現地ガイドの陳さんが、その大学の出身だった。日本語堪能である。なにしろその大学は外国語大学であったから。

結果的には見る事もできなかったが。

西安師範大学の出身の女の子とは話をしたけれども。レストランで働いておられたからである。日本語学科の出身で、積極的に話しかけてきたから話に花が咲いた。

こういうのがボキは大好きなのである。異文化理解ともいう。まさにそれでもって、論文を書いていたのだから。

中国人も日本人も同じ人間である。

それがなんとなく政治でもって、曲解されている。

日中関係のことである。

 

もっとも先日選挙が終わったばかりである。終わったばかりなのに、誹謗中傷もヒドイことになっている。呆れてしまった。

某野党のことである。

変わらないのである。

日中とも。

 

ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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【悪質】図書館での迷惑行為あるある

2017年10月27日 07時06分23秒 | とーま君の流儀2017

今日から居住地の県立図書館が、復活する。

コンピュータのシステム更新ということで二週間くらい休館になっていたから、実に嬉しい。

さっそく、歩いて行ってくるけど。

今まで借りていた田中優子法政大学総長の本を返しながら。

ああああああああああああ、嬉しい。

他にやることもないしねぇ。

わははっははははっはははっはははは。しかし、こんな悪さをしているヤカラはボキの行っている図書館にはいないけどね。

 

 

【悪質】図書館での迷惑行為あるある

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10月26日(木)のつぶやき

2017年10月27日 05時52分44秒 | とーま君の流儀2017
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新書よりも論文を読めvol 01 石田正人「プラグマティズムの暗い背景――C・S・パースの場合」

2017年10月26日 22時46分30秒 | とーま君の流儀2017

荒木先生・・・・凄い!

ありがとうございます。

 

新書よりも論文を読めvol 01 石田正人「プラグマティズムの暗い背景――C・S・パースの場合」

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日々安穏として過ごしているけど、孫ができたから、さらにこの傾向には拍車がかかるだろうなぁ(⌒▽⌒)

2017年10月26日 08時08分33秒 | とーま君の流儀2017

晴れているから、これから日向ぼっこをして、それからwalkingである。できたばかりの孫と一緒に過ごしていくのだろうけど。

 

 

朝から晴れている。やっとお天道様が顔を見せてくれた、と思っていたら一昨日の火曜日は晴れていたのだったなぁと笑った。それだけ、毎日の変化に気がついていないからである。

情けないケド、そういうことである。

それにしても、晴れていれば日向ぼっこが実に気持ちいい。リビングでじっとしていると、快適である。他にやることもないから、うつらうつらしている。なによりの楽しみである。

若干の読書をしている以外は、walkingをしているから天下御免のニートジジイである。笑ってしまうくらいヒマなのじゃ。

Walking以外にはなんの楽しみもない。旅に出かけるくらいか。それもかなりカネがかかる旅ばかりしてきたから、そろそろ中断である。

何故か。

内孫ができたからである。長男の子である。同居はしていないが、長男夫婦は夫婦共々働いているから結局こちらが面倒をみることになるだろう。

だからである。

楽しみではある。女児の孫は初めてであるからだ。

かわゆいだろうなぁ。

あまりかわいがっていると、長男に叱られてしまうかな?

わははっははっはははっはははは。


 

考えてみれば、某大学大学院を中退したのだから、アルバイトももっとやるべきだろうなぁ。回数をである。幸い、もっと働いてくれと言われているし。

後は、ボキのやる気である。これが一番問題である。エコノミークラス症候群になってから、慎重に生きているからでもある。そもそもが、大学院での学習のためにやりはじめたアルバイトである。英語の試験があるから、塾でも行っていれば勉強になるだろうと思って始めたのである。ささやかだけれども、効果はあった。高校英文法なんかは、ノート3冊も作ってしまった。それで、塾で教えることもできるし、会話もちょっとだけれどもできるようになってきた。

ありがたいものである。

それでもボキはチャレンジをしていこうと思っている。いくつになっても、チャレンジである。新しいことにチャレンジである。

専門外であってもチャレンジである。

ライセンス試験にもチャレンジである。いろんなものに。

しかし、絞っていないから合格できないのだというご指摘もいただく。次から次へといろんなことにチャレンジしているからである。

およそ落ち着きがない。コレ1本と絞って、それだけをやっていくというスタイルができない。

興味関心が拡散していくからである。

それでも良いのだと思っている。

要するに、生涯学習ごっこだからである。生涯学習とは言わない。あくまで「ごっこ」なのである。

仕事人現役時代に、仕事による成果だの学習目的なぞはある意味徹底的にやってしまった。今は、仕事にご縁がなくなったのだから、焦ることはない。

日々学ぶだけで良いのだと思っている。

死ぬまでそういう人生を送れれば、それで良しである。孫と一緒に学んでいきたいもんである。孫を膝にのっけて、書庫で一緒に勉強をやってみたい。国数英あたりを。

それまで生きていなくちゃなぁ。

 

ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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10月25日(水)のつぶやき

2017年10月26日 05時43分52秒 | とーま君の流儀2017
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竹本鳴子 浄瑠璃に生きる

2017年10月25日 21時27分07秒 | とーま君の流儀2017

こっちも好きじゃ。

たまんないですなぁ。

 

竹本鳴子 浄瑠璃に生きる

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吉原で遊女供養の新内浄瑠璃流し

2017年10月25日 21時22分34秒 | とーま君の流儀2017

いいねぇ・・・!

こういうのが好きだから、ボキ、学位なんかとれるわけなかったのであ~~~る。

わはははっははははっはははっは。

 

 

吉原で遊女供養の新内浄瑠璃流し

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志を遂げるまでには・・・という台詞に思うことあり

2017年10月25日 08時17分22秒 | とーま君の流儀2017

ハラ鼓を打ちながら、日々安穏に生きている。志を持って今後生きていこうというようなことも無理だからなぁ。

 

 

終わったことは終わったことである。

選挙のことである。

今、マスコミで分析が盛んである。野党が解体した原因とか、敗退の理由とか、実にお盛んである。それぞれ興味深いが、終わったことは事実である。

後世、それぞれの分析があるんだろうけど、現在進行形としてはまだその評価がどうなるかはわからない。後になってみないとである。

今回、ボキの居住地でやはり敗退した候補者がいた。何回もチャレンジして、一回だけ代議士になった。その後、二回ほど選挙で敗退した。あの方が、今後どうするのかというのに興味がわく。

挫折と受け取るのか、それとも三度目のチャレンジをするのかということで興味があるのである。

志を遂げるまでは・・・というのが、その方のポスターの文面である。

ボキは素直にたいしたもんだと思ってきた。別に、ボキはその方の支持者ではない。ないが、生き方としてたいしたもんだと思ってきたからである。

めげないからである。エリートでもある。学歴もすばらしい。直接会ったこともないから、人物については知らない。そんなものは、簡単に言ってはならない。

めげないということに感心しているのである。

他人になんと言われようと、志を遂げるまでには・・・ということをモットーとしていきたいものである。

で、そこでハタと思った。

ボキの志はなんだろう?ということである。

生涯学習ごっこか?

違うなぁ。

生涯学習が志とするんなら、「~~~ごっこ」と名付けたらアカン。ふざけている。生涯学習を志とするんなら、「生涯学習イノチ」とでも名付けないといけない。それこそ、イノチを賭けて生涯学習に邁進しないといけない。

そして、博士号イノチと頑張らなくてはならないのじゃよん。死んでも博士号が欲しいと、朝から晩までイノチを削って努力せんとアカン。

山月記の李徴のように、狂ってしまうほど勉強しなくちゃアカンのじゃ。虎になってしまうほど。

そういうのを志と言うんだろう。

ボキはそれだけの執着がない。

日々安穏に生きているからである。

だらしなく生きているからである。

好きな本を読み、だらしなく旅に出て、いい加減に生きている。その連続である。

そんなんでいいのかという思いもある。

でもですなぁ。

今さら成果もへったくれもない。

十分働いてきたからである。

趣味でバイトさせて貰っているけど、それもいつクビになるかわからない。わからないから、その覚悟だけはある。当然である。こだわっていたら、しょうも無いからである。

日々平安。

ポンポンとハラ鼓を打ちながら、政治が安定してくれることを祈っているばかりである。

ジジイだから。

 

ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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10月24日(火)のつぶやき

2017年10月25日 05時49分09秒 | とーま君の流儀2017
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ああああああああああ玉砕に花開くである。選挙が終わって・・・。

2017年10月24日 13時59分00秒 | とーま君の流儀2017

選挙も終わった。玉砕した方々も多かったに違いない。しかし、玉砕しても花は咲く。季節が到来したら、必ず咲くのである。

 


 

玉砕して砕け散った方もいる。

高給取りの国会議員になってみたかった方も多かったであろう。

でも、勝負は時の運である。

ダメだった方には、また起き上がることもあるんだろうから、めげないで頑張っていただきたいと思った。

思ったが、これはボキも一緒である。ボキもまた、いろんな玉砕経験をしてきたからである。某大学大学院中退事件もそうだった。

しかし、諦めないでやってきたから、今のお気楽ジジイ生活がある。ダメならダメでいいのだよん。それだけが生きがいなんではないし。試験も時の運。受かるときもあるし、ダメな時もある。

高給取りの国会議員様とは、ここらあたりが違うのである。なにしろ、ボキは年金暮らしである。やっと生きているだけである。これからなにかになってやろうという気がさらさらないから、なかなか試験や生涯学習で成果をあげることができないのだ。

ま、しょうがねぇとはこのことでござる。

連日の選挙報道を見ていて、あるいは読んでいてそう思ったのだ。

なにもやることがないから、試験でも受けようかというのも本音を言えば、それなりに面白いのである。マジである。

今度はなにをやってみようかと考えてみるだけでも楽しい。

やっていること、やるべきことの範囲が広がっていくからである。

ヒマなジジイの道楽、時間つぶしと言ってくださっておおいに結構である。

真実だから。

わははっははっはははっはははっははははっはは。


世の中の多くの方々にご迷惑をおかけしていないぶんだけ、いいんだ・いいんだと自分に言い聞かせているけど。

犯罪行為だけはしないつもりだからだ。

当たり前である。

ジジイはそっと生きているに限る。

目立たないように、ひっそりとである。

竹林の奥深くで、粥でもすすりながらである。

それがボキにはふさわしいではないか。


これからgymに行く。

朝、7400歩くらいMetsで歩いてきたけど。

道の駅まで行ったのである。

気持ち良かった。

健康維持。

これもまたボキの生涯学習ごっこの大きな柱でもある。

最近は、午睡もしていないし。

快調である。


それではそろそろ出かけます。

 

 

 

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「ノボさん」という正岡子規と夏目漱石の交流を描いた伊集院静の小説を、試験が終わったから読んでいる(^_^)。

2017年10月24日 08時38分30秒 | とーま君の流儀2017

絵が見えるか、見えないかということが文章のコツなんだろうなぁ。

 

 

試験が終わったので、昨晩から好きな本を読んでいる。伊集院静の「ノボさん」である。正岡子規と夏目漱石の野球をめぐる交流(書き出しが)を描いている。

千葉市の古本チェーンで200円という驚異的な値段で買った。すぐにでも読みたかったが、試験があったので我慢していた。途中まで読んでいたので、続きからである。

で、昨晩から堰を切ったように読み始めたのである。

楽しいこと限りなし。伊集院静先生は、立教大学の野球部にもいたから、言わば専門家である。野球の好きだった正岡子規の野球のことに関しては。もっともあれか。立教大学の日本文学科を卒業されているのだから、専門の文章もなかなかのものである。だから売れるのであろう。

話の展開も実に上手い。現代的な作家でもある。さすがに、さすがに。

なにがさすがにと思うかいうと、広告代理店でCMディレクターをやっていたからである。まるで、CMのような描き方である。

わかりやすいのである。絵が見える。つまり、読み手の想像力を刺激してくる。

文章を見て、読んでそれから絵が見えるかどうかということ。これが大事なのだと思っているから。事実、伊集院静先生によると、文章は可能な限りわかりやすく書けていないとならないそうである。確かに、絵が見える。彼の作品からは。文字情報から、そういう絵がはっきりと見える。

正岡子規の俳句もこれだそうな。伊集院静先生によると。実際、正岡子規は次から次へと俳句がアタマの中に沸き出でて、それを筆写していたからである。なるほど、これならわかる。あれだけの作品群を、少ない時間で書いていったのであるから。

これこそ、時間を有効に使っていった見本であろう。

天才だからできたのである。それはそれで納得できることである。

短い一生を精一杯送ったのである。しかも、死病である。血を吐きながらの闘病生活は、迫ってくるものがある。

それでいいのか?そんなんで、いいのか?そんな自堕落な生活を送っていていいのか?

そういう迫り方をしてくるのが、正岡子規である。

だから、ボキは嫌いだったのである。そんなに深刻に迫られたら、ボキだって逃げ出したくなってしまう。オイラは、そもそもが自堕落で、ダメジジイで、どうしようもない悪業三昧の救いようのない人間だからである。

マジメに生きてきたわけではないからである。

上から目線で、他者批判なんぞできないからである。国会議員の選挙とは違う。

自分の行為に恥ずべきところがナカッタら、初めて他者批判ができるともバイブルに書いてあるではないか。だから、ボキはできないのである。他人のワルクチを言うことが。

ところがである。

この「ノボさん」という作品からは、もうちょっと違う絵が見える。

まだ最後まで読んでいないので、これ以上は書かない。これから楽しみで読んでいこうと思っている。

 

どーせヒマだし。

 

わははっはははっははははっはははっは。

 

ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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10月23日(月)のつぶやき

2017年10月24日 06時09分05秒 | とーま君の流儀2017
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台風が来て、いろいろ考えてしまったよん。

2017年10月23日 07時13分05秒 | とーま君の流儀2017

昨日から凄いことになっているねぇ。まったく。

 

 

今日こそ孫を見に行けるだろうか。行ってみたいのだが。初めての女児だし。かわゆいだろうなぁ(^_^)。

昨日の夜に大嵐の中を高速バスで帰ってきたから、まだ夢を見ているようだ。まさかとは思ったが、鉄道が通っていなかった。九十九里沿岸は、そういう意味では脆弱である。地盤がである。要するにJRも慎重なんだけどね。安全に配慮しているから。

高速バスは、揺れないで運転してくださった。最高速度が制限されていたけど。50キロになっていた。だから、いつもの時間よりは遅くなってしまった。しかし、安全であることが一番である。

その後がビショビショになってしまった。

バス停から自宅まで歩いたからである。傘も役に立たなかった。濡れに濡れまくった。

こういうこともある。趣味で、生涯学習ごっこをさせていただいているのだ。天罰である。なにを好きこのんで、東京前泊までして試験を受けるためにやっているんだろうとは思う。思うケド、惚け防止のためと思ったらやめられないのだよん。まさに病気ですな。

朝の9時から、夕方の4時40分まで試験を受けていた。途中45分だけ休憩。午後から30分の休憩はあったけど。お昼は、江東区のホテル近くで買ったおにぎりだけ。二個だけ買った。理由は眠たくなったら、お笑いぐさであるからだ。少量に限る。飲み物も。ジャスミン茶。それから午後の30分休憩で食べるためのサンドイッチとチョコレート。これまた、パワーアップには必然である。しかも小論文がある。得意分野だからこれで失点したら得点源を失ってしまうから(^_^)。

しかし、久しぶりに机にしがみついていたねぇ。エコノミークラス症候群になって某大学を中退して以来である。だから、また再発するんじゃないだろうなと警戒していた。試験の途中て退席することも許されないから、けっこうきついのである。

これもまた修行である。

わはははっははっはははっはははっはははっはは。

九十九里沿岸は暴風雨である

6時26分現在は大風である。

ボキのボロ屋が吹き飛ばされそうじゃ。

早く通り過ぎてくれと台風サンにお願いしたいもんである。

孫も見に行きたいし。

まだダメかな。

東洋一の巨大病院だから、けっこううるさいので。規則が。ましてやボキのような怪しいジジイでは、新生児室に入れてくれないだろうからなぁ。

今日は月曜日だから、gymも休館である。

行くところがない。

雨と風がおさまったらショッピングセンターでも行くか。あ、普通に外を歩いてくればいいのだ。

 

Bye-bye!

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/