2019年10月1日~12月1日に、同志社大学ハリス理化学館同志社ギャラリーで開催されていた「フレンドピースハウス~ハワイから同志社へ~」展を、11月13日に観に行きました。
月曜、日曜、祝日が休館、料金は無料でした。
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フレンド・ピース・ハウスの建物は、1887(明治20)年、京都御所の東隣に同志社病院院長ジョン・C・ベリー(1847〜1936年)の自宅として建てられました。
設計は同志社創設期の教員で建築家でもあるD・C・グリーン。木造2階建ての瓦ぶきでありながら、洋風の開放的なベランダなどを備えた和洋折衷、白い下見板の壁に、緑色に塗られた柱や窓枠が特徴でした。面積は約250平方メートル。
1911年、ハワイのT・リチャーズ夫妻の呼びかけで設立されたフレンド・ピース奨学会の所有となりましたが、同奨学会が創立25周年を迎えたのを記念して、同志社に建物や土地の管理を委託し、留学生のための学生寮「Friend Peace House布哇(はわい)寮」として使われることになりました。ディレクター(寮監)のもと、奨学金制度により派遣された日系二世のフェロー(奨学生)と、同志社の日本人学生が共同生活を営んでいました。
1997年に改修工事がされ、国際親善と平和という理念を尊重して、その後はおもに国際交流施設として、共同研究室や会議室などに使われていました。
2006年に「洋風意匠を基調とした住宅」の好例として国登録有形文化財に登録されました。しかし、老朽化が著しく2016年3月で使用をやめていました。
建物の調査により、部材の3分の2が傷みで再利用できないことが判明し、2018(平成30)年に解体され、跡地に同志社幼稚園が建てられました。
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フレンドピースハウスの建築部材や調度品の一部が、資料として同志社社史資料センターに受け入れられ、同時に、1920~40年代のフレンドピースハウス関係の文書資料の調査も進められてきました。今回の展示で、解体前のフレンドピースハウスの実像を伝えるとともに、フレンドピースハウス設立の経緯および草創期の歴史が表わされていました。
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英国製の壁タイルや木製の欄間などの部材、解体調査で得た平面図などが並べられ、建物が和洋の要素を備えていたことを表しています。
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会場のハリス理化学館。中は同志社ギャラリーになっていて、1階2階に同志社大学の歴史と現在を表す通常展と企画展が展示されています。
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そのすぐ西側には、朝鮮語で詩を書いたことで捕えられ、獄死した尹東柱(ユン ドンジユ)(1917-1945)の詩碑がありました。