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僕の読書ノート「カモノハシの博物誌(浅原正和)」

2021-09-11 07:50:53 | 書評(進化学とその周辺)

本書は現役の若手研究者による執筆である。著者の人柄を反映してか、とてもまじめな書きぶりで、単孔類カモノハシの生理・生態・進化・ヒトとの関わりの歴史がなんでもわかる本になっている。少し物足りなく感じたので、何が足りないのか考えてみたら、遺伝子について触れられていないことに気がついた。カモノハシの独特な性染色体について触れられている程度である。書名が「博物誌」だから仕方ないか。ともかく、単孔類の進化を中心に私なりにピックアップしたポイントを下記に書き出してみた。

・カモノハシの母乳の特徴として、とくに鉄分が多く含まれていることが挙げられていた。これは、別の単孔類であるハリモグラや有袋類にも見られる特徴であり、胎児のうちにお母さんから胎盤を通して供給された鉄分を十分に蓄える前に、未熟な状態で生まれてきて、そのあと大きく成長するためだという。

・カモノハシの繁殖に成功した動物園は、オーストラリアにしかなく、ヒールズビルサンクチュアリは数少ないそのうちの一つである。ここで1944年、動物学者デビッド・フレイの指揮の下、世界で初めて繁殖に成功した。次に成功するのには、1999年、そして2001年までかかった。生きたカモノハシは戦前と戦後に米国に渡ったことがある。戦後に日本に送る計画もあったが、立ち消えになっている。現在では、神経質なカモノハシの海外移送は難しいということで、行われていない。

・陸上脊椎動物である四足動物の進化の過程をおさらいできる。両生類と卵が乾燥に強い有羊膜類に分かれた。有羊膜類は、顎に穴が2つある双弓類と顎に穴が1つある単弓類に分かれた。双弓類は、爬虫類、恐竜、鳥類に分かれた。単弓類は、盤竜類、獣弓類、哺乳類に分かれた。

・単弓類の進化の過程で、異形歯性(歯がいくつかの種類に分かれていること)、子育て、体温調節のための汗腺や体毛など、哺乳類の特徴である形質が少しずつ獲得されてきた。

・カモノハシやハリモグラを含む単孔類は原始的な哺乳類であるが、単孔類よりもさらに原始的な哺乳類のなかまを含めた大きなグループを哺乳形類とよぶ。最古の哺乳形類アデロバシレウスは2億2500万年前に生息、その後1000万年ほどで、モルガヌコドン、メガゾストロドン、シノコドン、カストロカウダが出現している。2億1000万年前~1億6000万年前にオーストラロフェニダが生息し、単孔類につながる系統となった。この時代は、超大陸パンゲアの分裂が起きたときで、オーストラロフェニダや単孔類は南方のゴンドワナ大陸で誕生、有胎盤類や有袋類は北方のローラシア大陸で誕生した。

・授乳の起源はいちおう単孔類にあるとされているが、その前のことはよく分かっていなかった。しかし、乳腺の元となった汗腺は獣弓類の段階で獲得されていた可能性がある。単孔類には、口に母乳を吸い込むための構造があるという説が提示されているが、2019年には、化石に残された舌骨の形態から、単孔類以前の哺乳形類の段階から液体(ミルクを含む)を飲むのに適したのどの構造があったことが明らかになっている。授乳の起源を考える上で興味深い知見である。

・子育ての戦略は大きく2つに分かれる。たくさん子どもを産む一方で、子ども1人1人にはあまり資源を配分しない戦略「r戦略」と、子どもを少数だけ産み、その1人1人に多くの資源を配分する戦略「K戦略」である。カモノハシは一度に産む卵は多くの場合2つなので、K戦略的である。魚類などは何百何千という卵を産むものもいてr戦略的である。哺乳形類に近いキノドン類、トリティロドンのなかまは、母親が一度に産んだと思われる幼体が38個体もあったという。このように、哺乳類になりかけの段階では、今の哺乳類ほどのK戦略はとっていなかったと考えられる。

・哺乳類の胎生は、単孔類と有袋類のあいだのどこで進化したのかは、いまだに謎である。中生代に栄えた哺乳類の多臼歯類は、胎生であったとする説もあり、そうだとすると単孔類が分かれてからすぐに胎生が進化したことになる。

・哺乳形類と哺乳類とを区別するのに、下顎と中耳の骨の関係が使われる。哺乳形類では、下顎に中耳骨(関節骨)が完全に付着した状態である。哺乳類では、メッケル軟骨で接続しながらも中耳骨の成分が下顎から分かれた状態である。哺乳類はこうして中耳が複雑化し、聴覚が発達していった。

・研究者として生きていくことのたいへんさが書かれている。研究者の仕事はなんでもやらなければならなくて多忙を極め、ポスト競争が激烈であり、過労死の危険を常に背負っている。著者自身も危なかったことがあるし、身近で命を失った人の話を聞くこともある。この本は、こういった環境の中で死んでも残せるものを、と思って書いている側面もあるという。

・生物の多様性を研究することは、天地創造の秘密を解き明かす学問、「自然神学」として奨励されるようになった。つまり、キリスト教の神学と近いところで初期の生物学が発展した。生物の分類体系を完成させたリンネも、そのような背景から研究を進めた。



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