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僕の読書ノート「ヒトの社会の起源は動物たちが知っている(エドワード・O・ウィルソン)」

2022-02-12 07:54:17 | 書評(進化学とその周辺)

エドワード・O・ウィルソンは、米国の著名な昆虫学者、社会生物学者、そしてバイオフィリアという用語を提唱したナチュラリストとして知られているが、つい先日の2021年12月26日に92歳で亡くなられた。日本では、小3国語の教科書に出てくる、ウィルソンの研究を紹介したエッセイ「ありの行列」でご存知の方もいらっしゃるかもしれない。ウィルソンはたくさん本を出しているが、古いものは絶版していて、中古も価格が跳ね上がっていて簡単には買えない。そんななかで出た新版で読める本だったので貴重だと思い購入したら、当人が亡くなられてしまった。新書版くらいの大きさで、実質155ページの短い本だが、ウィルソンが人生で探求してきた研究と思索の集大成のようなものかもしれない。

利他的行動の進化は、血縁選択説という学説で説明することが現在主流になっている。それに対して、ウィルソンは集団選択説が重要であるという非主流の主張をしているため、若干評判はよくないようである。吉川浩満氏が本書の最後に、そのあたりも含めてていねいな解説を書いているので参考になる。その集団選択説によってヒトのような社会がどうして作られたかを説明しているのが本書である。ウィルソンが本書で主張する内容は次のようなものだ。

著者は、社会が生物学的に組織される際、自然選択は常にマルチレベルでー個体レベル、集団レベルで同時にー行われてきたとしている(本書の後半のほうでは個体レベルでの選択を否定している)。そして、生物体も社会も利他的抑制によって成り立っている。ある細胞は一定の時間で死滅して他の細胞が生き続けられるようにプログラムされている(アポトーシス)。様々な種類の細胞のうち、一つだけが利己的に再生産することを選択すると、その細胞はところ構わず増殖して大量の娘細胞を生み出し、がん化する。

著者は、真社会性をとくに成功した社会として捉え、次のように説明している。「真社会性とは、集団を繁殖カーストと不妊カーストに組織化する性質で、発生する割合は進化系統のごくわずか、時期も地質年代的には比較的遅く、場所はほとんどが陸上だ。それでもこれらのわずかな例がアリ、シロアリ、ヒトの誕生につながり、陸生動物の世界で優勢になっている。」真社会性はまれであり、すべての動物のうちわずか十数の独立した系統から生まれている。哺乳類では、ハダカデバネズミとヒトだけである。ヒトが真社会性であることの論拠は、不妊カーストの存在である。祖母つまり更年期以後の女性、同性愛者、世界各地の組織宗教の修道院的な秩序、男が女の役割をする初期のプレーンズ・インディアンのなかで確立されているバーダッチというシステムの存在、などをそうした根拠としてあげている(こうした人たちが繁殖カーストの役に立っているのか、つまり集団内の個体数の増加に寄与しているのか疑問には感じるが)。

実験的に、単独性のハチ同士を無理やり一緒にすると、真社会性のハチと同じように行動する傾向があることが報告されている(自然にこういうことが起きうるのかどうかは不明だ)。これを前適応といって真社会性への移行の準備ができている状態だとしている。集団選択がそうした変化を支持すれば、バネ仕掛けで真社会性に一気に移行するのだという。

集団選択説では、集団内の一部のメンバーが自身の寿命や繁殖の成功、あるいはその両方を犠牲にすれば、集団が競合するほかの集団より優位に立てる場合、寿命を縮めたり、自信の繁殖の成功度を減らしたり、あるいはその両方を行う可能性があるというものだ。すると、変異と選択によって利他主義の遺伝子が集団内に広がる。利他主義が広がった結果、メンバー間の近縁度は高まるが、その逆はないとしている。

ウィルソンは利他性が現れる理由を説明する主流の説である血縁選択説を否定する。1964年、イギリスの遺伝学者ウィリアム・D・ハミルトンが真社会性の発生の鍵を握るのではないかと、血縁選択を示した。血縁選択の公式は「BRーC>0」で示される。ここで、B(集団内のほかの個体に対するメリット)にR(近縁度)を掛けた数値がC(自分の損害)を上回る場合、利他主義が進化することの閾値を示したものであり、ハミルトンの一般法則(HRG)とよばれる。これに対して、2013年のウィルソンらによる論文では、BやCは予測できないことなど、HRGは論理的に成り立たないと主張している(たしかにHRGが自然界で観察されたという研究結果を聞いたことはない)。

真社会性の定義のポイントは集団内の分業である。ヒトにおける分業のきっかけとして、火の使用を挙げている。すでに集団内に支配ヒエラルキーへと自己組織化する素因があり、オスとメス、若者と高齢者とのさも存在し、集団内で指導力と野営地にとどまる傾向にもばらつきがあり、火の使用がきっかけとなって、バネ仕掛けで複雑な分業が生じたとしている。

チンパンジーは世間で思われているほど凶暴ではないという主張もあるが(「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」フランス・ドゥ・ヴァール)。一方、ウィルソンによると、チンパンジーのコニュニティーは不気味なほど人間そっくりで、戦争によって縄張りを拡大しようとしているという。集団で敵の縄張りを定期的にパトロールし、劣勢の敵のオスを見つけると情け容赦なくかみ殺すのだという(例えば中国の現状などを考えると、個体レベルというよりは集団レベルでの内側を向いた利他性のように見えなくもない)。

以上のようなウィルソンの主張であるが、利他性の進化がどのように起きたのかは、集団選択説や血縁選択説以外にも様々な説がある(「なぜ心はこんなに脆いのか 不安や抑うつの進化心理学」ランドルフ・M・ネシー」)。現時点では、一つの理論に決めつけるのは早計なのではと感じた。



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