死体を利用して無人島からの脱出を試みるユニークなサバイバル譚「スイス・アーミー・マン」はA24の制作,更にポール・ダノとダニエル・ラドクリフの熱演もあって世評は高かったのだが,私は乗れなかった。死体から飲み水が無尽蔵に出てくるところで躓き,死体役のラドクリフには悪いが,死体が甦って現実とファンタジーの境界が曖昧になる地点で,完全に置いてけぼりを食ってしまった。だから同作で共同監督を務めていたうちの一人ダニエル・シャイナートの新作と聞いて,相性の悪さを危惧していたのだが,今回は声出し禁止のルールが恨めしくなるほど腹を抱えて笑わせて貰った。「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」は,犯罪スリラーの形を借りた「居心地悪い系」の爆笑ドラマだ。
アラバマの田舎町で素人ロックバンドを組む中年三人組に,ある夜何らかのアクシデントが発生し,そのうちの一人ディック・ロングが血塗れの状態で病院の玄関に放り出される。ロングを運んだ残りの二人ジークとアールは,やがて警察からロングが死んだという報せを受ける。二人は「何らかのアクシデント」を封印するため,証拠の残る車を池に沈め,アクシデントの痕跡を消そうと必死の努力を続けるが,その足元をすくったのはジークの愛娘だった。
意図的な犯罪を遂行する過程で起こるアクシデントに翻弄される人間の姿を描いたコーエン兄弟の傑作スリラー「ファーゴ」に通じるテイスト(卵焼きとキッシュの違いはあるけれども)を湛えながらも,そんな空気感を遥かに凌駕する「バカっぽさ」が,本作最大の特徴だ。こういった犯罪映画の常套である,己の愚行を隠蔽するために費やすアイデアとエネルギーがあったのならば,何故最初からまともな方向にそれを使えなかったのか,という率直な疑問と,こんなバカなアクシデントに巻き込まれなかった安逸感に包まれて,100分間はあっと言う間に過ぎていく。
最大の見せ場はジークが妻のリディアに事の真相を告白する場面だ。ここでヴァージニア・ニューカムが見せる表情こそ,金融ドラマ版電脳歌舞伎と化した感のある「半沢直樹」の悪役連中の怒り顔を遥かに凌ぐ,数多くのニュアンスを湛えた本物の「顔芸」だ。ここで腹を抱えるかどうかが,作品の評価そのものの分岐点になるだろう。私は見事に制作者側に落っこちて,最後まで笑い続けた。実は最初から全ての謎を明かしていた題名も含めて,あっぱれ!
★★★★
(★★★★★が最高)
アラバマの田舎町で素人ロックバンドを組む中年三人組に,ある夜何らかのアクシデントが発生し,そのうちの一人ディック・ロングが血塗れの状態で病院の玄関に放り出される。ロングを運んだ残りの二人ジークとアールは,やがて警察からロングが死んだという報せを受ける。二人は「何らかのアクシデント」を封印するため,証拠の残る車を池に沈め,アクシデントの痕跡を消そうと必死の努力を続けるが,その足元をすくったのはジークの愛娘だった。
意図的な犯罪を遂行する過程で起こるアクシデントに翻弄される人間の姿を描いたコーエン兄弟の傑作スリラー「ファーゴ」に通じるテイスト(卵焼きとキッシュの違いはあるけれども)を湛えながらも,そんな空気感を遥かに凌駕する「バカっぽさ」が,本作最大の特徴だ。こういった犯罪映画の常套である,己の愚行を隠蔽するために費やすアイデアとエネルギーがあったのならば,何故最初からまともな方向にそれを使えなかったのか,という率直な疑問と,こんなバカなアクシデントに巻き込まれなかった安逸感に包まれて,100分間はあっと言う間に過ぎていく。
最大の見せ場はジークが妻のリディアに事の真相を告白する場面だ。ここでヴァージニア・ニューカムが見せる表情こそ,金融ドラマ版電脳歌舞伎と化した感のある「半沢直樹」の悪役連中の怒り顔を遥かに凌ぐ,数多くのニュアンスを湛えた本物の「顔芸」だ。ここで腹を抱えるかどうかが,作品の評価そのものの分岐点になるだろう。私は見事に制作者側に落っこちて,最後まで笑い続けた。実は最初から全ての謎を明かしていた題名も含めて,あっぱれ!
★★★★
(★★★★★が最高)