子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ミリキタニの猫」:まさにグランド・マスター・アーティスト!

2008年01月17日 21時15分17秒 | 映画(新作レヴュー)
観終わって,我知らず微笑んでいたに違いない。少なくとも隣で観ていたご婦人はそうだった。
人種差別という,歴史上の,そして現在も厳然と存在する問題を取り扱いながらも,自然と身体の中から笑いと力が湧いてくる,こんな気分になれる作品はそうはない。

映画の中で自ら何度も「ウォー,ウォー,ツー」(WORLD WAR Ⅱ)と呼んだ戦争=第二次世界大戦の勃発時,カリフォルニアの収容所に入れられ,今はニューヨークの街頭で絵を描き続けるホームレスの日系人,ジミー・ツトム・ミリキタニの人生にスポットライトを当てたドキュメタリー。

水墨画の技術を基に,独力でものしたらしい個性的な絵画を描く80歳の日系人は,約60年前,彼を強制的に収容所に入れた合衆国政府を,今もなお昨日のことのように呪い続ける。大量に描かれた収容所の絵が,その仕打ちがどれほど彼を傷つけたのか,戦争が人間を如何に残酷に踏みにじるのか,を雄弁に物語る。

一方で,自らを「グランド・マスター・アーティスト」と名乗り,(本人は極めて真剣のようだが)カンフーの達人のように戯けてみせる茶目っ気は,エコノミック・アニマルと揶揄された旧来の日本人とは明らかに細胞の組成が異なるようだ。
社会保障が受けられるから申請しなさい,とアドヴァイスする監督(リンダ・ハッテンドーフ)に,「こんな政府から金は貰わない。その何倍も絵で稼いでみせる」と本気で豪語する彼の姿は,何ともチャーミングだ。

それだけに,収容所で離ればなれになってしまい,死んだとばかり思っていたミリキタニの姉が存命だったことが分かり,電話で会話するシーンで彼が見せる涙は,重く辛い。
自分と姉のこれまでの人生を想像し,反芻する神々しいばかりの表情は,それまでの60年間が孤独と苦難に満ちていたという当たり前の事実を浮き彫りにして,静かに,しかし確実に観るものの心を打つ。

実はその後,実際に二人は会って,お互いの苦労を慰め合うのだが,それはエンドクレジットの背景としてさらりと描かれるのみだ。2001年9月11日の同時多発テロも,「ウォー,ウォー,ツー」から60年,人類がミリキタニの示す「未来」に向けて少しも進んではいない証拠として,巧みに言及される。リンダ・ハッテンドーフには,ミリキタニに向けられる温かさと同等の,時代を切り取る冷徹さと,作家としてのバランス感覚がある。
そして,ミリキタニが独自の作品と笑顔で示し,猫のつぶらな瞳が見据えるその未来とは,「平和」な世界のことだったのだ。


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