子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「トランスフォーマー リベンジ」:耳に残るはマイケル・ベイの高笑い

2009年07月22日 21時41分50秒 | 映画(新作レヴュー)
製作スティーヴン・スピルバーグ,監督マイケル・ベイという,何とも不可思議なコンビによる,日本原産の変形ロボットの映画化シリーズの第2作。本国アメリカでは,第1作を遙かに上回る3億5千万ドルオーバー(先週まで)という大ヒットを記録し,既に歴代興行収入ランキングの第15位というところまで上がって来たらしい。
シリーズ第1作は,深刻ぶらない展開と軽やかなテンポ,更に驚いたことには,適度な湿気を帯びたユーモアという,とてもマイケル・ベイ作品とは思えぬ仕立ての,現代ハリウッド最悪のヒットメイカーという評価を返上しようかと思わせるような出来だったのだが,柳の下にドジョウは2匹といなかったようだ。

これが映画ではなく,2時間30分のアトラクションと思えば腹も立たないのかもしれない。しかし,私が出掛けたのはあくまで映画館であって,ユニヴァーサル・スタジオではなかったのだ。
古代から続いていた人間とトランスフォーマーとの闘い,主人公の大学入学,バイクを操る恋人,家を出て行く子供に対する母親の盲目的な愛に,再び現れる捜査官(なぜジョン・タトゥーロなんだ!)。物語に奥行きを与えられる可能性を持った要素が山のように提示されながら,何一つ有機的な要素として話の展開にもアクションにも絡んで行かない。更に登場人物を唯の一人も血の通った人物として立たせることが出来ず,かといって下ネタで笑いを取ることも叶わない,脚本の稚拙さはどうしたことか。

確かにトランスフォーマー達の変形と動きには,造形的な飛躍と滑らかさという点で観るべきものがある。だが,それだけでは単なる「リフティングに関して超絶技巧を持つサッカー選手」に過ぎない。映画館に出向いた観客は,そういった技術が映画というフォーマットでどう躍動するかを観に行くのであって,その技術が得点を取ったり,ゴールを守るために使われない限り,観客はすぐに飽きてしまう(はず)。

しかし何より最悪なのは,ラストで主人公が「何でもかんでもとにかく命を賭して」しまうという,マイケル・ベイ作品におけるヒーローの十八番となった行為を受け継いでしまうということだ。主人公が蘇生術を施される展開となった時点で,逆に映画は息の根を止められてしまうのだ。

大義のためとあらば,世界遺産を豪快に破壊してしまうことも平気なメンタリティに対して,いくら眉をひそめても勝てば官軍。
嗚呼。
★☆


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