自宅の呼び鈴がだめになった。
付け替えなくてはならない。
女房からのリクエスト。
訪問した人の顔がカメラで見れるやつがいいと。
はい,ベルは買いました。
壁に穴開けるドリルは買いました。
水つけて削るやつです。
配線の始末しました。
付けました。
前のベルの配線の後始末。
付きました。
所要時間48分。
自宅の呼び鈴がだめになった。
付け替えなくてはならない。
女房からのリクエスト。
訪問した人の顔がカメラで見れるやつがいいと。
はい,ベルは買いました。
壁に穴開けるドリルは買いました。
水つけて削るやつです。
配線の始末しました。
付けました。
前のベルの配線の後始末。
付きました。
所要時間48分。
先日お袋のコーヒーの話を書いた。
自分はこの苦い飲み物が大嫌い。
女房ののりたんがコーヒー好きだったからしょうがなく付き合っていたら(コーヒーだよ。)好きになってしまった。
奥が深い,こんなに旨いのかと思ったのだ。
週に1回弱,,,,友人とコーヒーをする。
うん,いい時間だね。
旨い。
自宅近くに墓を作り,毎週のように行く。
その時に持っていくのが,ビールとコーヒー。
東京に親子3人で住んでいた時,玄関を開けるとビールケースが3段積んであった。
仕事が終わった後に,親父が一杯やるためである。
お袋はなぜか寝る前のコーヒーが好きだった。
このことが頭に刻み付けられているのだろう。
親父にエビスビール,お袋にコーヒー。
あっ,人じゃないよ。
もう,そんなに若くない。
広い道路を,大きな車でぶっ飛ばしたいのだ。
お気に入りの車。
ボクスホールの車。
米国ゼネラルモーターズ (GM)の現地法人であることは帰国後知った。
これがまた安定感抜群で,楽に運転できた。
2014年8月10日から13日まで,3日間で走った距離は1260マイル。
寄り道を随分したのだと思う。場所と場所をつなぐだけだったら1100マイル弱だからね。
ヒースローから写真のレンタカーでリポン(ファウンテンズ修道院がある町)へ向かう。そして宿泊先はスコットランドのアナン。
ファウンテンズ修道院入り口。
一泊したアナンのオールド・レクトリーのご主人デビットさんと。
アナンからエジンバラへ,そしてエジンバラからブレコンへ。
エジンバラ城のエスプラネード広場。
ブレコン中心地。左側の白いホテルが宿泊したウェリントン・ホテル
ブレコンからレディングへ。
ここでもレデイングの町を,朝から2時間ほど走り回った。
マイク・オールドフィールド氏の痕跡を訪ねてね。
マイク・オールドフィールド氏の産まれた,バトル・ホスピタルの正門跡
レディングからハージェストリッジへ。
三角点にて
ハージェストリッジからヒースローへ。
3日間で2000kmも走った計算になる。
イギリスのモーターウェイをぶっ飛ばしたいのだ。
追記・・・
順番に間違いがあった。
ブレコンからはハージェストリッジへ行ったのだ。
そしてハージェストリッジからレディング,ロンドンヒースローの順だった。
訂正をしてお詫びをする。
電池の爆発が話題になった。
自分の使っている一品から電池を抜いてみた。
なんだかなぁ。
これを見て思うこと。
少し膨らんでいる。
メーカーはどこだ。
一応,マークは塗りつぶした。
電池が爆発する条件も調べてみた。
過充電だとか,傷がついてしまっただとか,故意に傷をつけるとか・・・
メーカーについてはどうなんだろう。
調べて安全に使うしかないか。
モバイルバッテリーの爆発動画を見つけたが,これは怖い。
リチウム電池の爆発
今日は職場のお祝いの日。
昼食会がある。
めでたい時には赤飯だよね。
京樽のお弁当。
なんていうかね,こういうお弁当は冷めても美味しい。
その冷たさも味のうちなんじゃないかと思うくらいにね。
もちもちしたお赤飯も,冷たいからこそ味わい深い。
一緒に入っているおかずもね,冷たいと味が濃く感じるのだが,それが微妙に計算されているような味だ。
特に野菜の煮物が秀逸だ。
一気にいただいてしまった。
そう,のりたんから玄関の呼び鈴を変えてほしいとリクエスト。
壁に穴を開けなければならない。
そう,そのドリルはうちにはない。
物色である。
これにした。
コンクリート用のドリル刃も買い,後はよゆきたんくの暇ができればOK。
録画カメラ付きのやつだ。
ゴシゴシ,ゴシゴシ。
いくらこすってもね命というのは綺麗にならない。
傷んだままでは精神状態を悪くする。
そんな時ね,お茶。
若い時には,「お茶」に対して馬鹿じゃん。
そう思っていたゆきたんくである。
珈琲飲んで何が楽しいのさ。
そう思っていたゆきたんくである。
今になって分かった。
共有の時間を持つということの大切さを。
珈琲庵で
お茶(コーヒー)をすすりながら仕事や趣味,そして旅行など様々な話をするだけで疲れが取れていく。
お互いの時間を切り取って,シンクロさせる。
それがお茶の大切さなんだと気づいたゆきたんく。
そういえば,若い時はのりたん(女房)との時間共有が珈琲だったことを思い出した。
行きつけの整体。
ゆきたんくのメンテナンス工場
そこの先生が言う。
先生 「どうしたんですか,バリバリですよ。」
ゆきたんく「そんなに酷いですか。」
先生 「力が入りっぱなしになっているようですよ。」
ゆきたんく「攻撃態勢ということですね。」
先生 「その通りです。これりゃぁすごい。特に首筋がゴリゴリしている。痛いですけれどやりますか。」
ゆきたんく「お願いします。」
うん,地獄を味わった・・・
けれど,すっきりとしている。
疲れの成分が溜まっていたんだな。
感謝。
誰が考えたのだろう。
あっ,今日は職場の歓迎会だった。
楽しい雰囲気の中,出てくる料理がまた楽しさを増してくれる。
その中で気になったのは脇役であった。
これだ。
スープ,シチュー?
これは,焼いた野菜についてきたやつだ。
その名はバャーニャカウダソース。
初めて聞いたのは,行きつけの中華屋(今は閉店)で,羽田空港のレストランで働くマスターの弟さんから聞いた話だった。
「野菜を食べるのにいいよ。バーニャカウダソースってんだよ。」
出て来た時に「バーニャカウダだ。」と言ったら店員さんは嬉しそうに「そうですよ,旨いですよ。」とニコニコである。
アンチョビ、火を通して柔らかくしたニンニク,オリーブオイルの混ざったソースだ。
ディップというのかな。フォンデュに似ているか。
体の調子は今一つだったが,このバーニャカウダが体にしみた。
仕事が終わり,自宅で着替えをする。
椅子に座り,ボーッとする。
そーだ。
どこかへ行かなきゃ。
もっとも仕事をさぼって逃避行という訳ではない。
今年も行く場所を考えなくてはということだ。
長崎,沖縄,そーだ八郎潟を見たことがない。
長崎では,だいまんを訪れないといけない。
沖縄では,ガマの研修だ。本も読んだし。
さて,八郎潟は東西12km,南北が27kmという。
前に取り上げた千葉県の「椿の海」は東西12km,南北に6kmだというから,単純に計算して八郎潟は4倍の面積があったことになる。
椿の海干拓を率いた鉄牛和尚の墓。(東庄町 福聚寺2015.11.05)
琵琶湖に次ぐ日本で2場面目の湖を干拓したのだからどれだけの大事業だったのか。
何か小さい頃に昔話で聞いたままになっている八郎太郎の物語り・・・
今読むと,小さい時に聞いたものとはずいぶんと違っている。
いや,記憶が形を変えていったのだろう。
食料増産の目的で干拓事業をしたのだが,政府は減反政策も行った。
何か大切なものが失われているはずである。
それを突き止める旅でもいいか。
まあ,候補地はたくさんあるのね。
退屈しなくていいや。
さて,昼食である。
気合いを入れなくてはいけない。
職場の事務さんが注文を取りに来てくれた。
「食欲がないから,カツカレー」
笑われてしまったが,それでいい。
お腹にカツ。
この中華屋さんのツヤのあるトローリとしてやつがたまらない。
炭水化物大目。
まあ,2日くらいは目をつぶってよ。
仕事頑張るからさ。
仕事の合間に食事。
うん,外にでかけている時間はない。
朝買うのも忘れた。
店屋物だな。
気合いを入れるために,「胃袋の焼けるジャジャ麺」
体が熱くなり,仕事にも身が入ってきた。
筋肉が緩まない。
睡眠時間も短い。
うーん,まずい。
と思って過ごしているここ数日。
久しぶりに,自然に顔が緩んだ。
夕食後のデザートをのりたんがくれた。
ふたを開ける。
こんなんでいいんだ。
心に余裕がないと,巷の情報が頭に届くことはない。
今回はそれを特に感じた。
2週間前のことだ。
イギリスの誇る物理学者,スティーブン・ホーキング博士が亡くなった。
「車いすの物理学者」と言えば,分かる方も多いだろう。
そのホーキング氏が2週間も前に亡くなっていたのに,気が付いていなかったゆきたんくであった。
筋委縮性側索硬化症を患っておられた。
発症から5年程度で死に至る病と考えられていたが,氏は発症から50年以上にわたり研究活動を続けていた。
タイムトラベルが不可能であることを提唱したのも氏である。
あれは,少しショックだったな。
自分の生きている間にできなくとも,未来で実現できたら素敵だろうと考えていた。
ホーキング氏のことをふと思い出すことがあった。
旅行の時である。
氏が在籍したオックスフォード大学の図書館,ラドクリフ・カメラ
氏が博士号を取得したトリニティカレッジにある「ニュートンのりんごの木(2代目)」
ここに来た時に,オックスフォード大学で物理と科学を学び,ケンブリッジ大学の大学院で博士号を取得した氏のことをほんのわずかな時間だが思い出した。
一度ゆっくりと氏の本を読みたいと考えていたゆきたんくであった。
その機会を持たぬ間に,氏は天に召されてしまった。
それに気づくのに2週間。
少し気持ちを緩ませないといけない。
ケンブリッジ大学と隣接するキングスカレッジ・チャペル
氏の葬儀は,ケンブリッジ大学にあるキリスト教会で営まれたという。
きっとゆきたんくが見たこの場所なのだと思う。
今日は4月1日だが事実は事実なのだな。