『イチビ』の実に、朝露がびっしりと水滴をつける、そんな季節になりました。昨夜は、種田山頭火の言葉をネタにブログ更新したのですが、内容が総て消えてしまっていました。色々あるものです。
日々、雑感を綴っていますが、私の場合、タイトルから文章を書く場合も多く、最近ネタに困り始めました。そこで、突然浮かんだ言葉が、「仏の顔も三度まで」 時代劇などでは、いくら慈悲深いお釈迦様でも、悪事はそうそう見逃していただけない…のような語意で使われますが、因果応報を受け入れるお釈迦様の故事に由来する諺のようです。

このブログで紹介いたしました『雪中野菜』の中でも、キャベツは7月末に2度目の収穫を無事終え、悪戯でそのまま残した切り株からは、3度目の側芽が育ち始めています。ここまで来ると同一の株から、一体何度結球キャベツが収穫できるのか試してみたくなります。
昨年の9月に播種したキャベツの取り残しを雪の下から収穫し、雪解けとともに切り株からでた側芽は、移植してから約3ヶ月で2度目の収穫ができたので、順調にいけば降雪前にもう一度収穫できるはず…思惑どおり行くでしょうか?問題は、キャベツの根や茎がどこまで持つかということと思いますが、ここまで来るとキャベツは野菜ではなく、一種の樹木のような気がしてきました。さらに越年できたらまた面白いネタになりますが、「仏の顔も三度まで」…ちょっと用法が違うようです。

最近は、畑を作っていても種代にもならないと不満を漏らす農家も多いのですが、所詮自家用野菜なので、品種にさえこだわらなければ、自家採種できるものもあります。真っ赤に色づいたアスパラの実から採った種は、意外と簡単に芽吹きます。ただし、立派な株に成長するには3年の月日を要しますが…。今年は、3年目のネギの種や今年の春収穫したラッキョウなど、来春に向けた楽しみを少しずつですが保存しております。私の場合、気長に楽しめる人生がもう少々残っている感じがしておりますので…。
日々、雑感を綴っていますが、私の場合、タイトルから文章を書く場合も多く、最近ネタに困り始めました。そこで、突然浮かんだ言葉が、「仏の顔も三度まで」 時代劇などでは、いくら慈悲深いお釈迦様でも、悪事はそうそう見逃していただけない…のような語意で使われますが、因果応報を受け入れるお釈迦様の故事に由来する諺のようです。

このブログで紹介いたしました『雪中野菜』の中でも、キャベツは7月末に2度目の収穫を無事終え、悪戯でそのまま残した切り株からは、3度目の側芽が育ち始めています。ここまで来ると同一の株から、一体何度結球キャベツが収穫できるのか試してみたくなります。
昨年の9月に播種したキャベツの取り残しを雪の下から収穫し、雪解けとともに切り株からでた側芽は、移植してから約3ヶ月で2度目の収穫ができたので、順調にいけば降雪前にもう一度収穫できるはず…思惑どおり行くでしょうか?問題は、キャベツの根や茎がどこまで持つかということと思いますが、ここまで来るとキャベツは野菜ではなく、一種の樹木のような気がしてきました。さらに越年できたらまた面白いネタになりますが、「仏の顔も三度まで」…ちょっと用法が違うようです。

最近は、畑を作っていても種代にもならないと不満を漏らす農家も多いのですが、所詮自家用野菜なので、品種にさえこだわらなければ、自家採種できるものもあります。真っ赤に色づいたアスパラの実から採った種は、意外と簡単に芽吹きます。ただし、立派な株に成長するには3年の月日を要しますが…。今年は、3年目のネギの種や今年の春収穫したラッキョウなど、来春に向けた楽しみを少しずつですが保存しております。私の場合、気長に楽しめる人生がもう少々残っている感じがしておりますので…。