「麻子婆さん」を話題にする気はない^^;
そのお店を代表するメニュー…文字通り、『看板メニュー』でありますなぁ^^; 『おやじぃ』には、「麻婆麺」が「麻子婆さん麺」に見えてしまった。百歳を目前にして、今年、鬼籍に入った『あさ子婆さん』は、肉付きの良い体格をしていたけれど、最期はやせ細ってしまっていた。我がお袋が亡くなった時に、家族以上に泣いてくれたっけ…そんな今年の出来事を思い返す、早12月でありますよ。
さて、失敗は誰にでもあることだから、後まで引きずらないこと、二度と同じ過ちは犯さないことを信条に生きて来たはずだから、しっかり復習をいたしましたよ…誰が名付けたのが『新潟県五大ラーメン』というものがあるらしく、昨日のラーメンは『燕三条背脂系』と言うらしい。一方で『新潟濃厚味噌系』という分野もあるようだから、明日の荷上げ作業後のお昼には、友人『ノロ社長』に提案してみることにする。(当然、ゴチになります^^;)新潟県は、我が在所、米沢藩の藩祖「上杉謙信」が統治していた場所であるから、何かと縁がありそうなのだけれど、何せ新潟県は南北にやたら長い^^; 今では道路改良されたけれども、山形県境と新潟県境には「宇津峠」があって、小学生時代は、自動車がすれ違い出来ないほどの峠道であったから、隣県とは言え交流が薄いんだよなぁ…同じ米沢でも、伊達政宗が拓いた仙台市や華の東京が目指す方向でありましたよ。それでも、高規格道路が建設途上でありますから、今後は新潟市も『交易先』に入れておかないとなぁ^^;(ちなみに、友人『ノロ社長』の遠いご先祖は、新潟県出身らしい。)
北陸新幹線「上越妙高駅」前の温泉^^;
背脂系のラーメンが印象に残り「釜ぶた」が『釜豚』に思えてしまった。(失礼!)近くに「釜蓋遺跡」があるらしく、恐らくこの辺りの地名(字名)なのでしょう。「新幹線の駅前なのに何も無いの?」と『ノロ社長』がつぶやく…「恐らく、上越市と妙高市で新幹線駅の引っ張り合いをしたんだろうねぇ。だから間を取って中途半端な場所に駅が出来る。」そうそう、新幹線が停車する市か、停車しない市かでは、ご当地にしてみれば死活問題である。結局のところ、地方都市に魅力がなければ、乗客は降りないし、中央資本の進出も無いだろうなぁ…中央の企業さえ来てくれればという考え方もそろそろ改める時期に来ているとは思うのであるけれど。
既に、少子化どころか、日本は人口減少期に入っているのである。企業を誘致して、地域に就労の場を確保すれば、若者たちは中央に出て行かないという昭和の考え方を改める時期に来ているような気もしますが…。そうそう、昨日、除雪ボランティアの打ち合わせ会議で、これからの老人福祉に関するサロンの説明もありましたよ。「団塊の世代」が後期高齢者に突入する「2025年問題」…さて、誰がお世話をすることになるのか?我が年代は、年金受給のその日まで、65歳まで働き続けなければならない。我が後輩たちは、場合によっては70歳まで働かなければならない時代となるかも知れない。(ほぼ確実だと思うけれど。)他人のお世話より、自分のお世話^^; そろそろ、「高齢者福祉施策」もそのスキームを見直す時期に来ているのかも知れない。誰も恐くて発言出来ないけれどね。
次は、美味しいご当地ラーメンを…お昼で満足している『おやじぃ』の頭では、老人福祉の「看板メニュー」は考えつかないわ(笑)