蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

天敵マーク!

2009年06月01日 | 季節の便り・虫篇

 宮崎県清武町の話である。(6月1日NHKニュース)
 耐農薬害虫への対策として、農薬に依存しない「天敵利用栽培」を宮崎大学と研究、テントウムシ・マークを付けたブランドとして販売するという。「天敵マーク」……可愛らしいナナツホシテントウを描いたシールの、ユニークなネーミングに喝采を送った。茄子の栽培に、ハウスの中にナナツホシテントウを放った。害虫のアブラムシは、テントウムシの大好物。次々と捕食し、その食べっぷりの何と見事なこと!
 更に話が進む。なにしろ、羽がある昆虫である。ハウスのような閉鎖空間でしか利用できない難点を克服するために、野外に生息する土着昆虫を利用出来ないかと考えた。虫と野菜の相性をチェックしながら、畑の周囲にクローバーやツユクサ植えて、天敵昆虫を育てる。元々の生態系に生息する有用生物を活用し、生態系のバランスを取りながら安全な作物を育てるという、夢のある試みである。現在、茄子、トマト、胡瓜などで試行されているとニュースは結んだ。

 何故、今まで気が付かなかったのだろう?世界中で不気味に進行しているミツバチの大量失踪・大量死のその後のニュースは聞かない。我が家の八朔が、今までになくたくさんの花を咲かせたのに訪れるミツバチの姿はなく、2匹のマルハナバチが薄明から薄暮まで健気に花を訪れていた。ところが、その後の雨風(例年になく初夏の風が烈しい)に、連日花実が落ち続けた。ある程度の自然摘果は例年のことで承知していたが、今年は異常に落ちる。とめどなく落ち続ける。大袈裟ではなく、数百の小さな実が散り落ちて、朝夕掃きながら、その原因に悩んでいる。もう、数えるのが哀しくなるほど、葉陰の実は僅かである。その、ミツバチ大量死の推測原因のひとつに、残留農薬が大きく取り上げられていた。
 
 九州国立博物館の環境ボランティアに加わって1年余りが過ぎた。今日も休館日を利用して、午前中は温湿度計の記録紙を交換(毎週月曜日の作業で、1週間分の記録紙を更新する)、午後は生物インジケーター(強力な粘着シートをプラスチックの屋根で覆ったトラップ)を交換、館の隅々で虫の姿を探した。管理と清掃、加えて日頃環境ボランティア達の複数の目で繰り返されるウォッチングによって清潔が維持されており、殆ど無害な羽虫達であるが、壁際の溝や傘立ての埃の中から、蠢くヒメマルカツオブシムシの幼虫が3頭見付かった。この環境ボランティアの活動の基本姿勢が、IPM(総合的有害生物管理)という思想・手法である。闇雲に有害生物を薬剤燻蒸で殺戮するのではなく、日頃の清掃、管理、観察で、未然に文化財の生物被害を防止する。農薬の大量投与のツケが回って、様々な環境被害が自然生態系を狂わせてきた。その反省の中から生まれた、農業界で始まった管理手法である。そこに共感して、環境ボランティアの活動に参加した。
 某国の例を挙げるまでもなく、農薬は依然様々な形で使われており、生態系が狂い、耐性を持った有害生物が増える、更に改良(というが、毒性が強くなっただけということなのかもしれない)を重ねるといういたちごっこに、そろそろ人間は終止符を打たなければなるまい。清武町の農家で始まった「天敵マーク」の試みが広がることを、わくわくする思いで見守りたいと思う。

 午前と午後、広い館内を歩き回った万歩計は1万歩を超えたが、朝のニュースを思い出しながら辿る家路の足取りは軽かった。6月、梅雨の季節を予感させながら、今日は眩しいほどの快晴である。
             (2009年6月:写真:ナナッツホシテントウ)