湧き上がる懐旧の情、幻想に酔うひと時…本当に何十年振りだろう?
入梅間もない中休みの晴れ間の中を走った。大分自動車道を日田で降り、久し振りに「わいたファームロード」を駆け上がった。走り屋がギヤ・チェンジとハンドル操作でドライビング・テクニックを楽しむこの道は、アップダウンとカーブがダイナミックに続き、油断すると80キロをすぐに超えてしまう。平日のこの日は走る車も少なく、山並みを遠望しながら湧蓋(わいた)山の裾を颯爽と走り上がった。両眼手術以来、初めてのロング・ドライブである。
途中、小国の外れの素朴な手打ち蕎麦の店で早めのお昼を済ませ、黒川温泉、瀬の本高原を過ぎ、山並みハイウェーを牧の戸峠への九十九折れを登った。阿蘇五岳が鈍い日差しに浮かび上がる。束の間の梅雨の晴れ間に誘われたのだろう、峠の駐車場は、例年になく遅れたミヤマキリシマのピンクの絨毯を求める久住、大船、星生、泉水方面への登山者の車が溢れていた。
長者原の自然探求路を歩くつもりだったが、予想以上の暑さに断念して、男池(おいけ)の樹林散策に向かった。(この日、日田の街は30度を大きく越える真夏日となった。)午後まだ早いのに、黒岳登山者がもう下山してきている。溢れる湧水で喉を潤し、小一時間の散策で身も心も緑に染まった。端境期の今は、山野草の花ひとつない。
長者原に戻り、ナビの導くままに宝泉寺温泉に下った。幾つかの集落を綴りながら、離合も難しい山道を延々と下り続けること40分。着いてみれば何のことない、お昼の蕎麦を食べたところから10分ほどの谷あいにある鄙びた小さな湯治場だった。随分遠回りをしてしまった。かつて遊郭があった温泉と後日聞いたが、こんな山奥にまで男たちは遊びに来ていたのかと、いささかほろ苦い。宿ご自慢の庭園露天風呂が、午後7時以降は混浴になるという。何となくそそられて、10時過ぎに訪れたが、無念にも孤独な一人風呂となった。(翌朝も又然り。男って馬鹿だな…呵呵!)
実は…ホタルの時期、しかもこの日は豊後牛ステーキ会席で2組限り半額の7500円というプランをゲットしての旅だった。ふたつの宿で4つの温泉を楽しんで、とろけそうに柔らかい豊後牛ステーキに舌鼓を打ち、やがて8時。小さな川沿いの道を5分も歩くと、そこに夢幻の世界があった。月のない絶好の闇夜、せせらぎを覆う深い木立の闇の底で、時に見事にシンクロしながら、ゲンジボタルが幻想的な群舞を見せてくれた。僅か2週間の短い命、次の命を残すために結ばれる相手を求めて、小さなともし火を健気に瞬かせていた。
団扇、浴衣、せせらぎ、笹の葉…幼い日への郷愁を誘うホタル。遠い日への思いをほのぼのと心に蘇らせながら、しばしホタルの幻想に浸っていた。
唐津に住む親しい画家のアトリエを訪ねた時、ヒマラヤの花の苗を土産に頂いた。それから10年近くなるだろうか、昨年初めて不思議な花を開いた。今年は一普段と大輪になり、次々と花を咲かせている。名前も知らない花だが、葉や花の模様はアヤメの仲間を思わせる。少し厚めの葉を横に長く伸ばし、その先端に花をつける。朝開き始めて、すぐに満開となり、午後には萎れてしまう短い命である。厳しいヒマラヤの自然の中で、束の間に受粉し生き延びていく宿命が、こうして生き急がせているのだろうか。
南九州に停滞した梅雨前線が大雨をもたらしている。北部九州は、まだおざなりの小雨の断続である。
(2010年、6月:写真:ヒマラヤの花)
<追記>
家内のネット仲間のホマンさんから、この花の情報を頂いた。
ブラジル原産の花が、どういう経路でヒマラヤに到ったのか…長い長い旅の謎が、また一 段と深まっていく。
名前:アメリカシャガ
漢字表記:亜米利加著莪
別名・異名:ネオマリカ
語源 :アメリカシャガのアメリカは、西洋社会からの渡来植物を意味する。実際の原産地はブラジル。シャガは花形が似ているから。実際のシャガはアヤメ属に属すが、アメリカシャガは、ネオマリカ属を構成する。