「質問:この前3人で電車で天神に出たのは、いつ、どんな用事でしたっけ?」久しぶりに天神に出ることになった。この前、いつ乗ったのか思い出せない。この2年、街に出るのは博多座の芝居がらみだけで、いつもマイカーで都市高を走って20分、川端の博多リバレインの地下駐車場に停めるのが常だった。
かすかに残る記憶を頼りに、一緒に乗ったYさんの奥さんにLINEで尋ねた。
「明日、久しぶりでソラリアに行きます。何ヶ月振りかなと思って」
「こんばんは、この前電車で出掛けたのは、2月の博多座行きが雪模様だったからです」
そうだった!あの日は大雪注意報が出ていて、帰りの車が走れなくなるかもしれないという不安があって、電車にしたのだった。
9か月振りの電車は意外に混んでいた。西鉄五条まで徒歩10分、ひと駅で二日市から急行に乗り換えて何とか座り、天神まで17分。時間的には近場であるのに、コロナ籠りで大宰府原人化した身には、心理的に天神は遠い街になってしまった。毎日、ラッシュの人混みに揉まれて通勤していた昔が、嘘に思われる。
車内の殆どの乗客が、黙々とスマホの画面を覗き込んでいる異様な雰囲気に、ますます電車が嫌いになった。たまに――本当にたまに本を読んでいる若者がいるとホッとする。昔は、多くの乗客が文庫本を開いていたり、新聞を縦折して読んでいたのに――それが当たり前だった昭和は、もう遥かに遠くなった。
高校生のカップルが、吊革に掴まらずに器用にバランスを取りながらお喋りに興じている。そこに昔の自分がいた。私の右隣のオヤジは、座席に荷物を置いたまま寝たふりをしている。お陰で窮屈になったシートに肩をすぼめて揺られながら、昔もこんな中年がいたなと、それまでもが懐かしい。
猛威を振るったコロナが小康状態となり、緊急事態宣言も消えた。もちろん、これで終わる筈もなく、いずれ次の波がやってくるだろう。束の間の平穏な日々に、少しまとめて贅沢しようと決めた。船小屋温泉「樋口軒」の特別室、原鶴温泉「六峰館」の檜露天風呂付準特別室、と温泉巡りを重ね飽食の限りを尽くした。もう一つ、佐賀県唐津市「いろは島国民宿舎」の「伊勢海老・蟹尽くし」は、体調整わず断念したが、その代りに見付けた今年最後の贅沢が、「福岡応援グルメチケット」、和牛と福岡の食材を使った食事の企画だった。税込み5000円のチケットを買えば、7000円相当のメニューが選べるというものである。
西鉄グラドホテルとソラリア西鉄ホテルの9つの店舗から自由に選べる。カミさんは「鉄板焼き!」と即断。リタイアして21年、亭主が365日家にいて、3食食わせなければならないのは、結構シンドイものだろう。たまには外食したり、温泉に旅して賄いから解放されるのは、貴重なハレの日なのだ。いわれるままにソラリア17階の鉄板焼「Asagi」に予約を入れた
料理しなくていい!後片付けもなし!!最近は、後片付けは私の役目。だから、主婦のハレの日は主夫のハレの日でもある(笑)目の前の鉄板で焼いてもらう幸せ!!チケット2枚のスペシャルコースのつもりだった。しかし、メニューを見て考えてしまう。
玄海魚介類のマリネ糸島ベビーリーフ添え、フォアグラの明石焼き風博多万能ねぎを使った出し汁で、スズキのパン粉焼き赤ワインソース、博多和牛サーロインステーキ(80g)、ご飯または高菜ピラフ(赤だし、香の物付き)デザート、珈琲。
加齢によって食べる量が細くなった身には余る。諦めてチケット1枚の、グルメランチコースにした。本日のオードブル(スズキ)、季節のスープ(ニンジン)、魚介類の鉄板焼き(鯛とホタテの貝柱)、黒毛和牛のサーロイン・ポワレ(60g)パン、デザート(ブラマンジュ)、珈琲。
満腹だった。味も量も正しい選択だった。スパークリングワインのワンドリンクも付いて、もてなしも心地良かった。12時の予約だったのに、鉄板を囲む客は3組5人、まだまだ客は帰ってきてない。
「折角来たんだから、デパート覗きたい!」というカミさんを残し、一人電車に乗った。2時の急行発車まで、あと2分。3年半振りにホームを走った。天神南口から乗るには、エスカレーターがないから階段を幾段も上がり、ホームのずっと先の方に停まった電車まで延々と歩くことになる。人口股関節置換手術後、「走る、跳び上がる、飛び下りる」を禁じていた。医師も、出来れば避けた方がいいという。20メートルほどの距離を恐る恐る走りながら、平和台陸上競技場を疾駆していた頃の自分が、無性に恋しかった。
寒波の中休みの、汗ばむほどの小春日だった。
このブログを書き終わった夕べ、南アメリカで新たに拡大を始めた変異株が、「オミクロン株」と名付けられ、世界中が騒然となった。暗雲垂れ込める師走まで、あと3日。
(2021年11月:写真:本日のオードブル)