短い秋が過ぎ、紅葉も「錦秋」というには少し躊躇われるような物足りなさの中に、冬が来た。
南に傾き、西に落ちかかった冬日の小さな日溜りに中で、背中に日差しを浴びた4匹のホソヒラタアブが、編隊飛行しながら見事なホバリングを見せていた。もう虫の姿も乏しく、時たま成虫で冬を越すタテハチョウの姿が日差しを切るだけで、あとは勤勉な幾種類かのハチが乏しい花を探して飛び回るだけの季節である。
ホソヒラタアブが狙っているのは、花火のように小さな花をいっぱいに咲き拡げているイトラッキョウの鉢である。こんな小さな花にも、1センチあまりの小さな身体には十分な蜜があるのだろう。耳に風の冷たさを感じながら、小さな日溜まりに一緒にほっこりと佇んで、ホバリングに見とれていた。じっと動かずに気配を消すと、安心したように花弁にとまり蜜を吸う。少しでも動くと、敏感に察してホバリングに戻る。微かな羽音に耳を澄ませながら、健気な飛翔にしばらく引き込まれていた。
ホバリングする虫は少なくない。スズメガの仲間のホウジャク(蜂雀と書き、ホシホオウジャク、ヒメクロホウジャク、クロスキバホウジャクなどのホバリングが、よく知られている)、オオスカシバ、マメヒラタアブ、ホソヒラタアブ、求愛中のクマバチの雄、ハナアブ、ビロウドツリアブ、ハエの仲間、オオシオカラトンボなど、気を付けていれば見ることが出来る。
ホウジャクの吸蜜ホバリングの姿は、カリフォルニアでは日本の雀以上の頻度で見かけるハミングバード(蜂鳥)と見紛うほどにそっくりである。娘のキッチンの外に、ハミングバード用の吸蜜器が提げてある。長い嘴を差し込んで砂糖水を吸う姿を、一日中飽かずに眺めていた。姿に似ず、けっこうお喋りな小鳥で、ジュクジュクと鳴き騒ぎながら、餌場の取り合いでいつも喧嘩していた。
スズメガは食草の種類も多く、害虫扱いされがちだが、意外に利用価値の高い昆虫でもある。花から花へ飛び回る受粉効果はもとより、幼虫はサイズも大きいし繁殖力も強いから、遺伝子などの実験用として、海外でも日本でも養殖されている。
また、食糧難の前兆なのか、飽食の行き着いた果てなのか、豊富な栄養分を持つ蛋白源の補給手段として、「昆虫食」が水面下で密かなブームになりつつあるという。私たちの世代は、戦後の食糧難の時代を生きたから、イナゴを捕って食べた経験を持っているが、さすがにまだスズメガの幼虫を食べる勇気はない。しかし、世界中探すと昆虫食を蛋白源とする地域は数多くある。中国ではトビイロスズメを「大豆蛾」と言って、食用に売られているという。食料自給率40%を切る日本でも、将来は虫を食わざるを得ない時代がやってくるかもしれない。
厳しい寒気が目の前に迫っている。日溜まりの底でホソヒラタアブのホバリングと遊びながら、ようやく階段も上り下りできるようになった右膝と、腸炎が癒えて戻ってきた食欲に安堵する昨日今日である。不調になったファクシミリ電話機を買い替え、30年使い続けてきたドアチャイムを、カメラ付きインターホンに替えた。新しい機器を喜ぶ半面、耐用年数と我が身の余命と、どちらが長いかを考えて憮然とする。
一日の重みが増す年の瀬である。
(2013年11月:写真:ホソヒラタアブのホバリング)