真っ青な空に、斜めにひと刷けの薄い雲が浮かぶ。二つの岩に張られたしめ縄、そう此処は福岡県糸島の二見ヶ浦。温かい日差しを浴びて、まるで春の海のように長閑だった。
1年と8日振りの海だった。「海が見たい!」というカミさんを乗せて、今日は行き先を告げずに、呼子の加部島から走って来た。貝殻を踏みしめながら砂浜を歩く。楽しそうに戯れる若いカップルが眩しい。岩に囲まれた潮溜まりに遊ぶ小さなフグの魚影が、くっきりと砂地に映っていた。何という透明な海だろう!
飽食の限りを尽くした。気功仲間の先輩から耳寄りな情報をもらった。早速宿に電話を入れて、3階の海が見える部屋を予約した。
水城から都市高速に乗り、金の隈から環状線を西に走る。西九州道を過ぎ、いったん下に下りて浜玉から虹の松原を走った。海を恋しがるカミさんの希望に応え、途中から唐津シーサイドホテルに寄って、ロビーから砂浜に下りた。かつて孫たちと泊まって花火をやった思い出のホテルである。
4時過ぎに呼子の老舗旅館に着いた。今日の狙いは、「伊勢海老アワビ 豪華海鮮尽くしプラン」
その名の通り玄界灘の贅を尽くした食材を使用し、素材の良さを十分に引き出した料理の数々、しかも夕食・朝食共に、近頃稀な部屋食である。
新鮮な呼子のイカの活き造り(この日は、アオリイカの姿造りだった)、プリプリの伊勢海老の活き造り(2人に1尾の姿造り)、旬の天然魚刺身の盛り合わせ(真鯛、石鯛など)、季節の前菜5品、アワビの刺し身(小ぶりながら、一人1枚)、サザエのつぼ焼き、煮魚(真鯛の煮付け)、げそ天、蒸し豚、ウニ風味の炊き込みご飯、潮汁など。
新鮮な魚介類を中心とした会席料理の締めは、加部島名物、おばちゃんたちが作る甘夏ジュレである。
これで、一人1万からお釣りがくる。所謂35%引きのGoToキャンペーンだった。しかも、一人3千円の地域クーポンが付いてくるから、実質一人7千円!伊勢海老1尾の値段である。
もう一つ、宿の女将が間違えてオーバーブッキングとなり、部屋を替わることになった。しかし、半分海が見えるし、食が目的だから拘りはない。そのお詫びに、地酒「太閤」の冷酒1本がサービスされるというハプニングまであった。
呼子の海を挟んで、真正面に加部島が横たわり、その頂に「風の見える丘」公園の建物が見える。
伊勢海老の刺身の甘い食感、アオリイカの優しいコリコリ感、アワビの胆のほろ苦さ……会話も忘れて、文字通り海鮮に酔い痴れ、ひたすら舌鼓を打ち続けたが、あまりのボリュームに、イカのげそ天、蒸し豚、ウニ風味の炊き込みご飯を半分残してしまった。
朝、一番の楽しみにしていた伊勢海老の頭の味噌汁で朝食を済ませ、車で4分の「呼子朝市」に立ち寄った。
この時節、いつもの賑わいはなく、出店の数も少なかった。店番のお婆ちゃんたちも歳を取った。たくさんの生イカを吊り下げ、モーターで傘のように回して生干しを作る呼子名物の「イカぐるぐる」が、道の片隅で回っていた。
テレビでお馴染みの名物お婆ちゃんの店で鯵の味醂干しを1パック500円で買うと、おまけが2枚ついてくる。生きて泳いでいた鯵子30尾が300円!アラカブ3尾が200円!
こんなに安いと、6千円の地域クーポンが使いこなせない。地酒「太閤」や、壱岐の麦焼酎などを土産に買って、漸く使い果たした。
呼子大橋を渡って加部島に寄り、「風の見える丘」公園で景色を愛でた。此処の駐車場でいつも甘夏を売っていた無口なお婆ちゃんは、まだお元気だろうか?ひと籠買うと、おまけを4個ほど乗せてくれた。
二見ヶ浦で脱・海鮮とピザのランチを摂り、帰り着いたのは2時半。丁度24時間の飽食の旅だった。
舌先に残る伊勢エビやアワビの甘い余韻を思い出しながら、快晴の秋旅を終えた。
(2020年10月:写真:二見ヶ浦・糸島)