「え、こんなところにさんぴん茶?」
1泊2食12.000円が半額の6.000円というモニター宿泊券が当たった。このところ少し出不精になっていた身体に弾みをつける意味もあって、秋路のドライブに出た。
長雨の8月が過ぎ、仲秋の名月を仰いで、やがて寒暖の激しい秋が来た。庭のあちこちに白い彼岸花が立ち、お向かいの庭からスズムシの涼やかな鳴き声が届く。肌寒い朝夕が続いたかと思うと、また真夏日の昼が来る。移ろう季節の波動に振り回される昨今である。
少し風邪気味を葛根湯で押さえながら、気怠い身体に一般道の曲折が煩わしくて、筑紫野ICから九州道に乗った。鳥栖で大分道に踏みかえて杷木ICで降りると、もう5分ほどで筑後川温泉に届く。40分あまりの身近な温泉でありながら、すぐ手前の原鶴温泉の陰に隠れて、今まで訪れることがなかった。
「清乃屋」……チェックインを済ませて部屋に案内される途中、通りかかった売店の棚にあったのが沖縄のさんぴん茶である。
「え、何で?」……そればかりではない。沖縄そばや大好物のそーきそばをはじめとする沖縄の物産がいろいろと並んでいる。聞けば、女将が沖縄の出身だという。玄関脇には見事なシーサーが一対、それも型で作ったお土産用の焼物ではなく、瓦職人が手コネで作った二つとない本物のシーサーだった。
窓の外には、坂東太郎・利根川、四国三郎・吉野川と並ぶ筑紫次郎・筑後川を望み、吐口から流れる掛け流しの湯船は、今日も独り占めだった。トロリと肌に纏わる湯質は原鶴に似ているが、結構硫黄分も強く、気付いたらシルバーの指輪が真っ黒に変色していた。(翌朝、女将がアルミ箔を敷いた器に重曹をお湯で溶かして、綺麗に元に戻してくれた。裏ワザである。)
少し湯当たり気味の身体を珍しい真四角の琉球畳で休めて、やがて部屋食の夕餉の席に3年目という若女将が挨拶に来た。30分以上だったろうか、料理が冷めるのも忘れて、懐かしい沖縄の話が弾んだ。思いがけないところで出会った沖縄旅情。エレベーターのカーペットには海の青とハイビスカスをあしらい、「めんそ~れ ようこそ うきは市へ」とある。沖縄育ちの女将が、慣れない温泉宿の経営に試行錯誤しながら努めている姿が印象的だった。
ふと、座間味島のサンゴ礁に群れる魚の姿が蘇る夜だった。
翌朝、「調音の滝」を訪ねた。耳納連山の主峰・鷹取山を源流とする、高さ27メートルほどの爽やかな滝だった。案内板によれば、崖の上からイロハと描くように流れ落ちる姿から、「イロハ滝」とも言われ、天保年間に久留米藩主・有馬頼永公の奥方の晴雲院が領内巡行の際に立ち寄られ、水の流れる音がまるで天然の音楽を奏でるように聞こえることから、音の調べ「調音の滝」と名付けられたという。朝風呂の温もりに包まれた肌に、滝の音を送り落とす涼気が心地よかった。
道すがら時折車を停めて、刈り採る稲穂の畦道に並ぶ真っ赤な彼岸花をカメラに切り取り、道端のススキを刈り、筑後吉井の白壁の町並みにある河童のお店で和菓子を求め、小さな秋旅を終えた。仕上げは朝倉の山間にある「りんご庵」でパスタランチ。勿論、お土産は隣接する「林檎葡萄の樹」の名物・アップルパイである。
僅か110キロのミニ・ドライブでも、濃密な秋が味わえる。蟋蟀庵の立地も捨てたものではないとほくそ笑みながら、1日で5度も下がった気温にうたた寝の肌が寒く、ついつい肌布団を被った。紛れもない秋の夕風である。
(2014年9月:写真:手捻りのシーサー)