蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

さらば、サイドワインダー

2013年12月30日 | つれづれに

 巳年が終わる。今年の蛇は、決して温厚ではなかった。時に猛々しく、時におぞましく、我が家にとっては実に長い長い1年だった。
 今年も残すところ、あと2日。小雪交じりの厳しい寒波がようやく去り、すっかり葉を落としたイロハカエデの下の庭石に座って、斜めに差す昼下がりの陽だまりに背を丸めていた。

 庭の隅で巨木となった父の残した真っ赤な寒椿と、蹲踞を覆う真っ白な侘助、あちこちに立つ千両だけが、我が家の冬の庭の彩りである。
 黄色い実を70個ほど付けた八朔の葉を、時折木枯らし小僧が揺らして過ぎる。キブシも数えるほどの枯れ葉を残すだけで、小枝には無数の花穂が春の開花に備えて育ち始めていた。ロウバイの固い蕾も、いつものように黄色い小玉を並べて、早春の準備を整えつつある。その根方に幾つもの水仙の花穂が立った。
 何もない冬枯れの庭に見付ける幾つもの春の気配、1年の疲れで澱みがちな心と身体に、小さな希望の火が灯り始める季節である。
 明日、除夜の鐘に百八つの煩悩を払い、また新たな年を迎えよう。来年の年賀状に「何処かで、春が……」と言葉を添えた。身体五臓六腑に感謝しながら、春のうららかな日差しと穏やかな日々が、例年になく待ち望まれる年の瀬である。
 天神山の散策路には、もう青空のかけらのような青いオオイヌノフグリが咲き始めただろうか。春が来たら、また秘密基地「野うさぎの広場」への散策を楽しめるよう、今はリハビリに専念して雌伏しよう。一陽来復、禍福を連ねながら、人生は続いていく。

 昨年の今日は、腱板断裂修復手術10日後の三角巾で固定された左腕を抱えながら、病室の窓から暗い雪空を見上げていた。2か月余りの入院、6ヶ月のリハビリ、ようやく快復して地獄のような酷暑の夏を耐え、短い秋の終わりに魔女が右膝を叩いた。以来、2ヶ月あまりのリハビリが今も続いている。
 1年のうち10か月を整形外科に世話になる羽目になるなんて、今年の蛇はサイドワインダー(ガラガラヘビ)のように執拗だった。
 しかし、年の終わりに、思いがけず横浜の長女と20年振りの温泉旅行を楽しむことが出来た。1年振りに帰ってきたアメリカの次女と、グルメ三昧の日々も送れた。終わりよければ全てよし。さらば、巳年!次に会うことは、多分もうないだろう。86歳まで生きる自信なんて、とてもじゃないが、ない……。
 次女からアメリカ土産にもらったチェーンで出来たサイドワインダーの置物が気に入って、日毎とぐろの巻き方を変えて楽しんでいる。先年、ユタ州のザイオン国立公園の売店で見かけた鉄製の蛙の置物に未練を残して帰国した。そのことを覚えていた次女が、芸術家のアトリエとショップが集うカリフォルニア州ラグナビーチの工芸作家の店で見付けて土産に持ってきてくれた、長さ28センチほどのガラガラヘビの置物である。小さな鉄球5つが連なってしっぽを立て、突き出した舌と大きな目玉もご愛嬌である。
 「もう、置物は増やさないで!」という家内のお許しも出た。巳年の万丈の波乱も、これで笑い飛ばしておしまいにしよう。
         (2013年12月:写真;サイドワインダーの置物)


哀れ、ミツバチよ

2013年12月06日 | 季節の便り・虫篇

 CCD(蜂群崩壊症候群)……世界中でミツバチが大量に死んだり行方不明になり、蜂蜜の採取ばかりでなく、農作物や果樹の授粉が出来なくなるというに異常な事態が依然として続いている……このことを書いて既に数年、いまだに確たる原因究明はなされていない。トラックで長距離移動しながら授粉させるストレス、寄生虫や感染症、気候変動、突然変異、あるいは地磁気の変動等々諸説ある中で、最も疑われているのが農薬である。
 ネオニコチノイド系農薬の恐ろしさは、植物の葉や茎などの細胞に深く浸透する特性にあり、それが花粉や蜜を媒体にしてミツバチ(ばかりでなく、多分蝶などの吸蜜昆虫や葉を食べる虫たち)の体内に蓄積されていく点にある。神経に作用し、方向感覚を狂わせ巣箱に戻れなくなるというのが有力な説だが、それだけでは巣箱の周辺で大量に死滅していく事実は解明出来ない。

 福岡県や長崎県で対策に乗り出したというニュースを新聞で読んだ。3年前に「県みつばち連絡協議会」を設置し、農薬の一斉散布時期を「県養蜂協会」に事前通知を始めている長崎県、昨年から稲の開花時期に散布を避けるように農協などに要請している福岡県……「まだまだ手ぬるい!」という憾みはあるが、少なくとも第一歩を踏み出したことは評価しよう。EUでも、この12月から2年間ネオニコチノイド系農薬の使用を禁止したという。

 ニュースの後段を読んで愕然とした。農林水産省がネオニコチノイド系農薬のクロチアニジンを使用できる作物の数を40項目まで増やすという。しかも、食品の残留基準を緩和する方向で、来年2月には正式決定するという報道に、開いた口が塞がらない思いだった。
 福島の事故処理に通じるものがある。廃炉に向かっての数十年がかりの作業も遅々として進まず、汚染された土壌の浄化作業も児戯のような原始的なことしかやれてないのに、原発再稼働を謀り、いつの間にか被爆放射能の許容限度を緩和して口を拭っている。これほど懲りない行政が愚策を展開していく情けなさに、もう怒ることさえ疲れてきている。

 一党独裁、弱体化した野党を蹴散らし、右傾化する政治が暴走を続ける。特定秘密保護法案が国民の多数意見に耳も傾けず、強行採決を重ねていく。「最早戦後ではない。戦前である」「何が秘密ですか?それが秘密です」という戯れ句を数日前の新聞に見た。怖ろしい可能性を秘めた暗黒の法であるのに、反対運動の広がりは遅きに失した。

   音を立てて自壊する日本。
   滅びの道を進む人類。

 「CCDは、蜂から人間への警鐘と考えるべきだ」と説く金沢大学山田教授の言葉を、行政はどう聞くのだろう。「蜂が死ぬという事は、他の昆虫などにも影響があるはず。農水省は、環境にもっと配慮した農業の方向性を示すべきだ」と説く長崎県養蜂協会事務局長の言葉に、行政は耳を貸す知性もないのだろうか。
 農水省は弁解する。「ネオニコチノイド系農薬のメリットと、ミツバチにどう影響を与えるかの比較考量をして決めた。日本は高温多湿で害虫が発生しやすく、農薬が必要だ。使用する際は、ミツバチへの影響に注意してくださいと言っている」……もっともらしく聞こえて、実は詭弁でしかない。もうそんなレベルの事態ではないことを、行政は理解しようとしない。そして背後にちらつくのは、例によって族議員の不気味な影である。

 師走が奔る。「人は滅びよ。しかし、ミツバチまで巻き添えにするな」と、今年の「怒り納め」となることを祈りながら、キーボードを叩いていた。
 今日の福岡県は煙霧。各地でPM2.5の値が100を超え、福岡市元岡で14時に122に達した。
         (2013年12月:写真:マツムシソウに遊ぶ一匹の蜂)