蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

雨を待ちながら

2019年06月24日 | 季節の便り・虫篇

 「フィリリリリリ…♪♪」とヒグラシが鳴いた。今年の初鳴き、6月24日の夕べだった。昨年は6月28日、一昨年は7月7日、少しずつ季節の歩みが早まっているのを実感する。
 ♪カナカナぜみが 遠くで鳴いた
  ひよこの母さん 裏木戸あけて
  ひよこを呼んでる ごはんだよ
  やっぱりおなじだ おなじだな
 「夕方のお母さん」サトウハチーロ作詞、中田喜直作曲の童謡で、小さい頃からヒグラシは「カナカナ♪」と鳴くと刷り込まれていたが、どう聴いても「フィリリリリリ…♪♪」と聴こえてしまう。虫の音に、同じような表現があるが、鳴く鳥も鳴く虫も、人それぞれに聴こえていいのだと思う。
 梅雨入りが遅れに遅れて、既に観測史上最も遅かった1967年の6月22日を過ぎてしまった。ダムは干上がり、明日にも貯水率ゼロになる所もある。その割りに慌てていないのは、間もなく明後日26日には雨マークが付いているせいもある。農家の人たちにとっては深刻な事態なのに、禍は我が身に降り掛からないと他人ごとに思ってしまう。
 他人事と思っていけないのが、昨日の沖縄慰霊の日だった。摩文仁の丘の74年目の鎮魂、いかにもわざとらしい衣装で式典に臨んだ総理に「帰れ!コール」の怒号が飛ぶ。辺野古問題にひと言も触れず、去年と変わり映えしない挨拶を述べる姿が、目を背けたくなるほど醜かった。「いけしゃあしゃあと、よくも来られたもんだ!」と憤りたくなるのも例年のことである。

 北からの寒気で、昨日今日朝晩は肌寒いほどに涼しくなった。自称「変温動物」の私は、時折庭に立って日向ぼっこをしたくなる。2日掛けて片付けた、庭の植栽の裏側の仕上がりが気になっていた。梅雨入りが目前に迫った昨日今日で、再び「しゃがみ込み作業」に汗を流すことにした。ねじれ鎌で羊歯の根を深く掘り切り、貼り付いた苔も剥がし取っていく。序でに、雨の日に傘の邪魔になる枝や、道路の一時停止の標識の視線を妨げる枝を切り落とす。庭に集め日に干し上げて、夕方土を払いながらゴミ袋に収めていく。2日間の作業で、再び市の可燃ごみ袋大2つが満杯になった。

 干し上げる間に買い物に出かけ、3ヶ月振りにマクドナルドのハンバーガーにありついた。この歳でファーストフードを貪る健康を、カミさんと確かめ合う。アメリカに2ヶ月も長期滞在を繰り返していた頃、カリフォルニア・グルメをご馳走しようと張り切る娘に、マックや、キングバーガーやサブウエイなどばかり注文して歎かせていた頃が懐かしい。
 帰って、録画していた勘九郎・七之助・獅童のコクーン歌舞伎「天日坊」を観ながら、いつの間にか小一時間うたた寝してしまった。筋が全く分からなくなって……結局、後日観直すことにする。こんなことが多くなった。
 
 月下美人に小さな蕾が5つ付いた。確かめる目の前の葉に、一匹のちびっ子カマキリがいた!この春に、寝室の天津簾の裏でワラワラと孵った数百匹の生き残りのカマキリが、ようやく3センチほどに育っていた。小さな鎌で羽虫を捕え、三角の小首を傾げながら貪っていた。カメラを近付けると、一丁前に鎌を振り立てる。捕まえた虫は、ちゃっかりと鎌に挟んだままなのが可笑しい。

 作業の後シャワーで汗を流し、庭の撒水を済ませた。夕飯が終わったころ、黄昏が訪れる。石穴稲荷の杜からヒグラシの初鳴きが聞こえてきたのは、その時だった。
 庭の八朔の葉陰でセミの羽化を見る日が近付いている。友人が芽生えさせて届けてくれたフウセンカズラとオキナワスズメウリも、3つのプランターで元気に育ち始めた。
 
 こうして、梅雨を迎える準備が着々と整っていく。
                (2019年6月:写真:ちびっ子カマキリお食事中)

瞋恚の炎、黙し難く

2019年06月19日 | 季節の便り・花篇

 憤懣を腹に溜めると身体によくない。時々ガス抜きをしないと、やってられない。年寄りの元気の源は、意外に「怒り」にあるのかもしれない。

 中学生の頃、全学年で行われるクラス対抗演劇コンクールに向けて演劇の脚本を漁っているときに、ある戯曲のこんな台詞が目について、いまだに強烈な印象が残っている。いつか使ってみたかった言葉である。それが「瞋恚の炎」という台詞である。「しんいのほむら」と読む。
 「瞋恚」とは、仏教用語の三毒・十悪のひとつとで、「自分の心に逆らうものを怒り恨むこと。転じて怒ること。いきどおること」とネットにある。つまり、「燃え上がる炎のような激しい怒り・憎しみ、または恨み」のことである。
 今私は、「瞋恚の炎、黙(もだ)し難く」と言いたい心境にある。分かりやすく言えば、「腹が立って腹が立って、黙っちゃいられねぇ!」ということだ。

 「三毒」とは、善心を害する3種の煩悩 (ぼんのう) 。貪 (とん) ・瞋 (しん) ・痴 (ち)。 そして、「十悪」とは、身・口・意の三業 (さんごう) がつくる10種の罪悪。殺生・偸盗 (ちゅうとう) ・邪淫・妄語・綺語 (きご) ・悪口 (あっく) ・両舌・貪欲 (とんよく) ・瞋恚 (しんい) ・邪見……毒と悪、ここに尽きる。

 因みに、3年間で舞台に掛けた3作品のうち2作品を、近年博多座大歌舞伎で観ることになるとは夢にも思わなかった。それは、「恩讐の彼方に」(青の洞門)と「俊寛」である。男クラだったから、「俊寛」は千鳥という海女が出て来る近松門左衛門の歌舞伎ではなく、倉田百三の戯曲から第2幕第2場を切り取った。私の役は、「恩讐の彼方に」で青の洞門を掘り抜く僧・了海を父の敵と狙う中川実之助、「俊寛」では、都から清盛の赦免の使者として鬼界ヶ島に乗り込んで来る丹左衛門尉基康、そして本邦初公演(?)となった関口次郎の「乞食と夢」では、盲目で足の立たない老乞食という悲惨な役だった。
 3学年9クラスの対抗戦だったが、残念ながら3位、2位、2位に終わったものの、苦く、それでいて甘く懐かしい想い出である。

 さて、何を言いたかったのだろう?……
 そうそう、最近高齢ドライバーの事故が頻りにテレビを賑わしている。確かに増えているのは事実だが、高齢者が増えているから当然という一面もある。若者の事故だってある筈なのに、何故かニュースにならない。自らハンドルを握っていて感じる。マナーを弁えず乱暴な運転しているのは、むしろ若い連中である。特に土日の都市高などを走っていると、日頃運転していない所謂「サンデードライバー」の無軌道振りは目に余る。ウインカーも出さずに割り込み追い越し、車線を縫うように走り去る。ウインカーも出さずに、右車線からいきなり左折するおばちゃんドライバーもいる。いずれも、事故を誘発するマナー違反である。直進車がいるのに強引に右折してぶつかり、直進車を歩道に突っ込ませたおばちゃんは幾つだっけ?近頃の自動車学校は、いったい何を教えているのだろう?
 ニュースバリューとしては、高齢ドライバーを槍玉にあげる方が視聴率を取れるのだろうが、これはもう一種の社会的「いじめ」である。
 今日も28歳女性の車が、踏切で電車と衝突する事故が起きた。車は大破し、3人が病院に搬送された。踏切を渡る時は、先行車が渡り終って、車1台分の空きが出てから渡り始めるのが常識。それを守らないから、遮断機に挟まれて立ち往生する羽目になる。半世紀前の厳しい自動車学校に通って基本を叩き込まれている高齢者は、むしろ慎重であるし的確な判断力を持っている。
 私自身の運転の基本は「自分は運転が下手だ」と思うこと。だから、スピードは控えめ、ブレーキは早め、そして車間距離はたっぷり取る。雨の日や夜の運転はしない。勿論、車には安全装置をフル装備しているし、ドライブレコーダーも付けた。

 「高齢ドライバーを舐めんなよ!80代男性は、怒らせたら怖いんだぞ!」……と、ここで「瞋恚の炎、黙し難く」が出てくるのだ。ア~ァ、長い前置きだった!やれやれ、これで少しガス抜きが出来た!

 まどろっこしい老犬の遠吠えをせせら笑うように、尾瀬の花・コバギボウシがひっそりと咲いた。オオバギボウシも逞しく群れ咲いている。ヒメミズギボウシとオトメギボウシ、ウバタケギボウシは、まだおとなしく出番を待っている。
 黙って慎ましく咲く山野草のように、私もおとなしくしているべきなのだろうか?しかし、腹立たしいことが多い世の中である。
 ………昭和が、駆け足で遠ざかっていく。
                  (2019年6月:写真:コバギボウシ)

夜空の波濤

2019年06月18日 | つれづれに

 ♪一筆啓上仕り候……とホオジロが鳴く。
 そういえば、近頃手紙を書かなくなった。帯状疱疹後遺症の神経痛で、少し手が震えて字が書き辛いから……というのは言い訳で、昔から悪筆にびびって、あまり手紙を書くのは得意でない。年賀状の宛名書き以外、本当に手紙を書かなくなった。殆どの用事はメールで済ませ、その結果として、いつの間にか「読むことは出来ても書けない漢字」が増えたことに愕然とする。
 カミさんは手紙を書くことが好きで、折りに触れてはせっせと葉書などを書いている。似たり寄ったりの非能筆なのだが、書き慣れているから、それなりに味のある文字を書く。
 
 ♪てっぺん欠けたか……とホトトギスが鳴く。
 幸い私のてっぺんは欠けていない。直毛剛毛で現役時代は整髪に苦労し続けたが、髪は豊かであり、短髪にした白髪頭のてっぺんに広場はない。左右バランスよく刈るのはけっこう難しいらしく、理髪屋泣かせの頭ではある。時々真面目な顔して「植木屋さんに刈ってもらいました」と冗談を言って楽しんでいる。
 カミさんも髪は豊かで、美容院に行く度に羨ましがられている。風呂上がりの濡れ髪をそっと覗いてみても、こちらもてっぺんが欠ける兆しはない。女性のグレーヘアが話題になる昨今、カミさんも憧れてはいるが、染めるのをやめても、グレーヘアの完成まで1年は帽子を被ったりして耐えないといけないらしく、何となく躊躇いながら先送りにしている。
 お互い年齢詐称の気があり「若いですね!」と言われて、ほくそ笑む日々である。

 「8020」という標語が、歯医者の待合室の壁に貼ってある。80歳の時点で、自分の歯を20本残そうというキャンペーンである。先日歯医者で調べてもらったら私は24本、カミさんは25本……「立派なもんです!」と褒められて帰ったが、ここ1ヶ月ほど左の奥歯が上下とも嚙む度に痛みが出る。冷たいものが沁みる。定期的に歯のクリーニングなどケアしてもらっているから、今回も早速「明日11時45分に、歯ブラシ持って来て下さい」とコールがあった。歯茎のポケットが深く、もう数年前からの問題児(問題歯)であり、下の歯は騙し騙し使っている状態なのだ。しかし、簡単に抜歯しない治療姿勢が気に入って、もう半世紀近く付き合いを続けている。
 同世代の歯科医は職業病の腰痛がひどく、しかも胃癌の内視鏡手術を受けたばかりなのに、古くからの患者だけは無理して出て来て診てくれる。いつもスキューバダイビングで世話になる、沖縄慶良間諸島・座間味島の歯科医は共通の友人でもある。
 唯一難点は駐車場が不便なこと。近くのスーパーに停めているが、1時間を過ぎると1000円以上買い物しないと400円の駐車料を取られる。だから彼が引退したら、私もカミさんが歩いて通う近場の歯科医に替えるつもりでいる。

 梅雨入りが遅れに遅れて、とうとう観測史上3番目に遅い記録を更新しつつある。下手すると新記録を刻むことになるかもしれない。空梅雨?いやいや、ダムが底をついたまま夏を迎えたらどうなる!かつての「福岡大渇水」の悪夢が蘇る。
 梅雨前線は沖縄の南に居座り、間もなく沖縄は梅雨明けの平年日を超える。20日前後に梅雨明けし、学生が動き出す前の6月末までの10日間は観光客が少なく、ダイビングの絶好機だった。計画しなくてよかったと思いながら、やはり気がかりな季節の移ろいである。

 満月を迎える前夜、夜半の空を見上げて息を呑んだ。さながら怒涛のように幾筋も空を斜めにのたうつ雲の狭間に、月光が見え隠れしていた。初めて見る異様な空の佇まいに、不吉なものさえ感じた夜だった。既にベッドにはいっていたカミさんを起こし、庭のセンサーライトを消して見上げさせた。
 
 季節よ、穏やかに流れよ。

 ♪一筆啓上仕り候……とホオジロが鳴く。
 ♪てっぺん欠けたか……とホトトギスが鳴く。
                    (2019年6月:写真:夜空の波濤)

思い立つ

2019年06月11日 | 季節の便り・花篇

 早朝、5時10分に目覚めた。普段の就寝は23時、朝寝坊しようとしてもこんな時間に目覚めてしまうのが、所謂「年寄り」の習性である。
 いつものように、ベッドの上のストレッチとリハビリ体操を30分。気功を始めて以来、もう十数年習慣にしている足腰の鍛錬である。昨年8月に人工股関節置換手術を受けてから大臀筋内部の鍛錬が加わり、内容が少し変わったものの基本は同じである。やや汗ばんだ身体をベッドから起こし、新聞を取って番組欄をチェックし、気になる番組の録画予約をする。一通り紙面に目を通し、髭を剃り、顏を洗ったところで急に思い立った。
 庭に降りて、買い替えたばかりの「鋼付きねじれ鎌」を手にする。鋭い刃が、雑草を根こそぎにする。何故か値段が高いものと思い込み20年以上使い込んで来た鎌が、さすがに刃も潰れ、柄の部分も割れかけてきたのでホームセンターに買いに走った。何ことはない、840円で新品が手にはいった。
 出入りの植木屋の言葉が気になっていた。「落ち葉を放っといたらいかんよ。腐葉土になるには何年もかかるし、虫の棲家になるだけやけん」
 庭はいつも草1本生えないように、目に付き始めたら一気にねじれ鎌で根こそぎにする。しかし、植栽で囲まれた裏の部分は、もう2年ほど落ち葉が降り積むままに放置していた。日が昇って暑くなる前に片付けてしまおうと、軍手、トレッキングシューズで武装する。近年増えているマダニ被害を避ける対策である。
 この日、朝1時間半、夕方1時間、そして翌日朝2時間かけての作業になった。植栽の間に潜り込み、しゃがみ込んで先ず目立って伸びた雑草や羊歯を抜き、ショウケで庭先に運び出す。博多弁で言うショウケとは、元来竹で編んだザルの一種・笊笥(そうけ)が訛ったものだが、近年は風情のないプラスチック製に姿を変えた。
 因みに、若いころ好きで通った俗にいう「三郡縦走」(若杉山―砥石山―三郡山―宝満山の4つの峰を超える24キロの健脚コース)、その若杉山を下ったところに「ショウケ越え」という峠がある。神功皇后が現在の宇美町で応神天皇を出産した際に、ショウケの籠に入れて峠を越えた事からその名が付いたとされる。

 ツツジやラカンマキなどが育ちすぎて、かつての通路が塞がってしまった。剪定鋏で見苦しくない程度に刈り採って、5か所の通路を確保した。積み重なった落ち葉を、その通路を使って庭に掃き出し、一日日に当ててからゴミ袋に詰め込む。これで一日が終わった。ここからが「鋼付きねじれ鎌」の出番となる。厄介なのは、蔓のように根を張り巡らせて延びる羊歯と藪柑子(一両ともいう)、それになかなか根っこを掘りきれない蔦の類である。抜いても抜いても、根っこの一部でも残っていれば、またいつの間にか生えてくる。不毛の戦いである。
 ねじれ鎌で掘り起こし切り取り、しゃがみ込みの作業が二日目も続いた。その足腰の疲れよりも、こんな姿勢で長時間作業出来る人工股関節の機能に感動していた。初期の人工股関節は、90度以上曲げてはいけない時代があったと聞く。チタン合金とセラミックで構成され現在の人工股関節は、全く人工であることを意識させない。勿論、跳んだり跳ねたり走ったりには多少の怯えがあるが、ラジオ体操は全て違和感なくこなせるし、寿命も30年以上とされる。本体の我が身は、せいぜいあと10年の寿命である。焼き場で、ゴロンと転がるチタン合金の股関節を見ながら骨を拾う娘や孫たちの顔を想像すると、何とも可笑しい。

 掘り起こし、引き抜き、根を切り、かき集めて掃き出す。二日間の作業の成果は、市の可燃ゴミ袋の大に3袋分になった。見違えるように綺麗になった植栽の裏っ側、庭先から見えない部分だから、その成果は自己満足だけである。
 帯状疱疹後遺症の神経痛の痛みを忘れて、右腕でねじれ鎌を振い続けた「しゃがみ込み作業」の報いは、翌日に来た。太ももと腰、背中と右腕に凝りが出た。若い頃はその日のうちに出ていた凝りが、歳を取ると翌日や翌々日に出るようになる。
 思い立って始めたら、徹底的にやってしまわないと気が済まない性分である。

 庭のいたる所、山野草の鉢のあちこちに、いつの間にかムラサキカタバミが拡がった。根っこがしぶといから、どんなに葉を引っこ抜いても必ず生えてくる。ここにも不毛の戦いがあるが、花の可愛さを見ると抜くに抜けなくなる。「南アメリカ原産であるが、江戸時代末期に観賞用として導入されて以降、日本に広く帰化している。環境省により要注意外来生物に指定されている」というネットの記事を見ながら、納得と諦めを重ねる日々は、きっとこれからも続くことだろう。
 「明日は、一日中寝てやるぞ!」と出来もしないことを呟きながら、気怠い腰を叩いて夜が更けた。
                  (2019年6月:写真:ムラサキカタバミ)

黄昏の花火

2019年06月11日 | 季節の便り・花篇

 北部九州の梅雨入りが遅れに遅れている。前線が北上せず。中部、関東方面の方が先に梅雨入りし、関西、中国、北部九州などが取り残された形となった。
 ダムの貯水率が40%という気になる報道もある。寒暖の差だけは相変わらず激しく、34度と25度を行きつ戻りつしながら、もう6月も10日を過ぎた。昼間は汗ばみ、朝晩は肌寒くて長袖を着込み、寒暖に対応できない年寄りは、今朝などエアコンを暖房に入れる始末である。
 おかしい!「梅雨の蛾」ユウマダラエダシャクは、今朝も2頭が梅の葉陰を舞い遊んでいるというのに。

 先週、「博多座開場20周年記念6月大歌舞伎」夜の部を観ることにしていた前日のことである。突然、徳島の知人からメールが来た。「明日、ハウステンボスの帰りに、孫の高校合格祈願のお札を受けに、娘と太宰府天満宮に詣でたいけど、会えますか?」博多駅の近くのホテルに泊まり、太宰府に行って、出来れば3時の新幹線に乗りたいという。
 現役時代にお世話になり、リタイア後も金毘羅歌舞伎の手配をして下さったり、自宅に泊めていただいて、アインシュタイン自筆の墓碑銘を刻んだ三宅速博士(私の友人の祖父)のお墓に参らせていただいたり、讃岐うどんのハシゴをしたり、いまだに家族ぐるみのお付き合いをさせていただいている、吉野川上流の、もう「祖谷の蔓橋」に近い山奥の「町の電気屋さん」である。軽々なおもてなしは出来ない。

 10分刻みでスケジュールを組み、出来る限りの歓待をすることが出来た。博多駅を9時40分に発つ高速バス・太宰府ライナー「旅人」を10時20分に太宰府駅で迎えた。参道を歩き、過去・現在・未来の赤い太鼓橋を渡り、本殿に詣でて合格祈願のお札を受け、折りから満開の菖蒲池を回って、エスカレーターと虹の歩く歩道を通って九州国立博物館の偉容を見ていただいた。
 博物館横の九十九折れを下ると、豆腐料理「梅の花・自然庵」がある。個人の別荘を使った雅趣溢れる静かな個室が、前日夕方の電話だったのに、11時半予約で取れた。1時間半の豆腐懐石フルコースを1時間で早出ししてもらって、お嬢さんお好みの豆腐料理を満喫してもらった。駐車場に車を取りに走り、太宰府銘菓・梅園の「宝満山」の詰め合わせと、新幹線で食べて頂こうと太宰府名物「梅が枝餅」を土産に差し上げて、JR二日市13時31分初の快速に間に合うようにお送りしてお別れした。
 走り帰って大急ぎで着替えて博多座に走り、「音羽屋!」「成駒屋~ッ!」「萬屋っ!」「三河屋!」などと声掛けを楽しんだ。
 暑さに茹だって走り回ったこの日、太宰府は34.2度の猛暑だった。博多座から帰る車の車窓に、豪快な稲妻が走った。昨年8月の人工股関節で入院しているときに病室の窓からワクワクしなが見た稲妻、それ以来久し振りの雷だった。夜半、激しい雨になった。

 珍しく人混みが少なく、中国語が聞こえない参道だった。途中寄った親しい「梅が枝餅」の店で訊いたら、クルーズ船が着いてないという。そういえば、中国からのクルーズ船が激減しているというニュースを見た。富裕層のクルーズのブームが終わり、今は中下層のクルーズが続いていたが、2泊3日で5万程度とか、それが更に空き部屋を埋める為に2万とかで売られているともいう。採算が合わないクルーズ会社が相次いで撤退、ひところの2割まで激減しているらしい。政府が4000万人まで増やすと豪語しても、実態は予想通りの推移であり、観光公害に悩む観光地としては、ホッとする事態でもある。むしろ、半減して欲しいとさえ思う。

 政治屋は経済効果しか見ない生き物らしい。それも、実態は次の選挙での得票数に結び付ける為の算盤である。災害復旧事業でさえ、土建屋を太らせて「経済効果」を高める為に利用される。昔、政府が取引する大手事業10社のうち9社が土建業だったのを見て、愕然としたことがある。政治資金と得票を狙った、国家的談合?…アベノミクスだかアベノリスクだか知らないが、血税を濫費して見せかけの成果を作ろうとする醜態が見え見えで……そうだ、つまらない政治の話でブログを汚すまいと決めたのだった。

 雨の合間にスミダノハナビが美しく咲いた。我が家では4種類の紫陽花が競い咲く。カシワバアジサイは少し重い。八朔の葉陰にひっそりと咲くガクアジサイの儚さも捨て難い。数年前にアメリカの二女が父の日に届けてくれたスミダノハナビが、毎年この時期に咲く。 
 雨が似合う花である。夕暮れに火花を弾く風情を愛でながら、いつ訪れるとも知れない梅雨を待つ毎日である。
                    (2019年6月:黄昏のスミダノハナビ)