久住・長者原。一面、寂しいほどに刈り込まれた広大な「たで原湿原」の木道の傍らに、原種・日本サクラソウと、眩しく黄金色に輝くリュウキンカの花が風に揺れていた。九重連山の星生山(1762m)、三俣山(1745m)の頂は、夜来の風雨を白雪に変えていた。4月下旬というのに、高原はまだ早春の風の冷たさである。
連休前の静寂に期待しながら、時折強く吹き募る雨と風の中を、大分道・日田ICで降りて、いつものように「ファームロードWAITA」に乗った。日曜日の午後、帰りを急ぐバイカーの集団や走り屋の車が対向車線を走り下っていくのを見ながら、ひたすらアップダウンの激しいワインディング・ロードのドライブを楽しむ。途中、お馴染みの店でヨーグルトを飲んで小休止し、黒川温泉、瀬の本を経由して、2時間半で久住高原コテージに着いた。雨と烈風の露天風呂で渦巻く湯煙に包まれながら、明日の山野草の花達との出会いを心待ちする夜だった。
明るい日差しが高原を照らす中を、まだ咲き揃わないアセビを横目に見ながら牧の戸峠を越え、長者原で湿原を覗いてサクラソウとリュウキンカに出会った。この日の数々の小さな花達との再会の序章だった。
やまなみハイウエーを右に折れ、崩平山(くえんひらやま1288m)を左に見ながら、曲折する道を黒岳(1587m)の登山口・男池(おいけ)に下る。毎年、欠かすことのない山野草撮影のポイントである。
透明な湧水が豊かに溢れる男池水源を過ぎると小さな橋を渡る。キツネノカミソリが緑の葉を広げ、遊歩道から登山道にかけて、まだまだ小さな芽吹きの木立が静まっていた。渓流沿いの樹の根方に真っ先に姿を見せたのは、小さな人形の上着のボタンにしたいような瑠璃色の五弁花・ヤマルリソウだった。早春の男池周辺に咲くのは、殆どが子指の爪にも満たない小さな花である。ドライブの目が、一瞬にして観察の目に切り替わる。白く小さな穂を立てるハルトラノオ、少し行くと、淡い水色のヤマエンゴサクの群落、その間に紅色のジロボウエンゴサク、思いがけず鎌首をもたげていたのは濃い紫色のマムシグサだった。雨上がりの湿った土も厭わず、蹲ったり腹ばいになったりしながら、両肘を三脚代わりにして、クローズアップ・レンズと接写リングを使い分けて、次々とファインダーに捉えていった。
ひとつの期待があって、かくし水に向かう登山道にはいった。錆色の葉に白い花弁と黄色い花芯のサバノオ、四角いお菓子を並べたような黄色のネコノメソウ、つんつんと尖った花弁で赤い花芯を包むシロバナネコノメソウ、枯れ木の陰に一輪のキスミレ、昔懐かしいチャルメラのような小さな花穂を立てるチャルメルソウ、時折エイザンスミレがこぼれ咲いている。
木漏れ日が新芽の木立に注ぐ。山道を辿りながら、期待していたユキワリイチゲを探した。黒岳から下ってきた登山者が「登る時、蕾をふたつ見ましたよ。ヤマシャクヤクはまだ小さな蕾です」と教えてくれる。かくし水まで400m辺りで、岩道の急な登りがある。ヤマシャクヤクの群落はその先だが、家内の脚をいたわって今日は此処までとした。残念ながらユキワリイチゲは咲き終わり、侘しくしぼんだ花を2輪見ただけで終わった。寒暖激しい今年は、山野草の花時を読むのが難しい。
男池まで戻る途中で、家内が清楚な2輪のシロバナエンレイソウと、慎ましく花穂を立てるヒトリシズカを見つけた。今日の山野草探訪の終わりを飾るに相応しい、心躍る瞬間だった。日常を忘れ去り、まだ春浅い山路の散策を惜しみながら車に戻った。やがて此処は、眩しいほどの新緑に包み込まれる。
(2011年4月:写真:シロバナネコノメソウ)
文章にある山野草の画像は 観たり 聴いたり 旅したり(家内のブログ)
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