しつこい秋霖に台風が加わり、長い雨の日々が続いた。日本列島全てから、お日様マークが消えてほぼ2週間、待ち望んでいた秋空が抜けた。
暖かい日差しに名残りを惜しむように、一斉に蝶が舞い出た。我が家の庭でもキチョウが舞い、アカタテハが軒を掠める。
観世音寺から裏の畑に抜けると、キバナコスモスでアカタテハが蜜を吸う。木立の間から、コツコツという音が降ってくる。梢の間を覗いたら、コゲラが木を叩いていた。日本で最も小さなキツツキである。モズが鋭く天を突き刺し、ヒヨドリが姦しく秋空を千切る。
御笠川沿いにはキチョウが縺れ飛び、縮緬の波を立てる川面に魚影を追うアオサギ、シラサギ、マガモ…還ってきた晩秋の日差しは、肌に痛いほどだった。
読書会の帰り道、26度を超える暖かさに、石穴稲荷の杜の木の上を、珍しくルリタテハが輪を書いて飛んだ。
カミさんの親友の一人、山ガール(?)のMさんからメールが来た。
「アサギマダラが、いっぱい来てますよ」
南に渡る季節である。すぐに車を駆った。我が家から10分足らず、縁結びのパワースポット竈門神社の左脇の道を巻いて、宝満山の登山口に近いWさん宅を訪ねた。庭に秋の七草のひとつ、フジバカマが一面に満開を迎え、そこに数十頭のアサギマダラが乱舞していた。多い日には60頭を超えるという。
カメラ片手に、至福のひとときを過ごした。近付いても飛び去ろうとはせずに、夢中で蜜を吸い続けるこの蝶は、誰のカメラにも優しい。地面近くに蹲り、青空を背景に飛翔する姿もカメラに収めた。
諫早から毎年見に来るという夫妻やオーナーのWさん夫妻と、淹れていただいたこ珈琲を啜りながら蝶や山野草談義に時を忘れた。
春には南から北へ、そしてこの時期は北から南に向かって壮大な渡りを続ける。1000キロ2000キロは当たり前、83日間で2500キロを飛んだ記録さえある。
大分県姫島のスナビキソウに群れる数百頭はあまりにも有名である。久住高原長者原の自然研究路の外れの木立の下で、ヒヨドリバナに群れる姿を追ったこともあった。
この花に寄るのは殆どオスばかりである。フジバカマが持つアルカロイドという有毒成分は、実は雌を惹き寄せる性フェロモンの生成に欠かせないものなのだ。それを知って見ると、人の目も気にせずに夢中で吸蜜を続ける姿は、健気でもあり、拍手を送りたくなる。
花言葉は「ためらい」、「遅れ」、フジバカマの花が少しずつ咲いていくことに因むそうだが、吸う側のアサギマダラには、ためらったり遅れたりする余裕はない。子孫を残す為に、一滴でも多くアルカロイドの蜜を吸い、強烈なフェロモンで雌を誘わなければならないのだ。
動物のオスの求愛は健気で微笑ましく、時には哀れさを感じることさえがある。草食化を加速し、生殖本能が希薄になりつつある最近の人間のオスも、少しはこの健気さを学ぶ必要があるのかもしれない。ホモサピエンスは既に絶滅の坂を転がり落ち始めているとはいうものの、時々野性に還って、大自然の中で雄叫びをあげるオスでありたいと思う……と言うには、いささか歳を取り過ぎた(呵呵)
花にはアサギマダラだけではなく、ツマグロヒョウモン、アカタテハ、イシガケチョウまで蜜を吸いにやって来た。近付く冬の気配を遠く感じるのか、蝶達の乱舞はいつまでも途切れることがなかった。
蝶達と共に、私も高く高く舞い上がっていた。
紅葉には少し早い季節である。
(2017年10月:写真:フジバカマとアサギマダラ)