殆ど諦めながらも、気持ちの何処かに「もしかしたら…」という一抹の期待があった。分かっていても、言わないでいて欲しい言葉がある。クニマスのように、1940年に原産地である田沢湖で、酸性水の流入によって絶滅と見做されていたものが、卵が放流されていた西湖に生存していることが、2010年にサカナくんによって確認された例もある。
国の特別天然記念物で「絶滅危惧種」に指定されていたニホンカワウソについて、環境省は28日、生息を30年以上確認出来ていないことから絶滅したと判断し、「絶滅種」に指定した。…そんなニュースがテレビで流れた。イタチ科、体長1メートル前後。魚やエビを好み、戦前は全国に生息していた。しかし、毛皮目当ての乱獲や河川の汚染で生息地が破壊されるなどの理由により、その数が激減。1979年に高知県須崎市で生きた姿が目撃されたのを最後に、その後国内では目撃例がない。
現役最後の6年、担当していたエリアの一つ・高知県を巡ると、仁淀川を渡る度に「この川には、きっと今もニホンカワウソがいます」と誇らしげに主張する社員がいた。そして、その言葉を信じたがっている自分がいた。日本だけでも、絶滅種110種、絶滅危惧種3,430種…実に膨大な種類の生き物たちが滅んでいき、さらに滅びつつある。自然の摂理で絶滅に向かった種もいるだろう。しかし、人間の文明が破壊した環境の中で、心ならず滅亡させられた種のなんと多いことだろう。
ニホンオオカミ20世紀初頭、エゾオオカミ1900年頃、カンムリツクシガモ1913年、キタタキ1920年、リュウキュウカラスバト1936年、ニホンアシカ1940年、トキ2003年、ニホンカワウソ2012年、ダイトウリス2012年…年々加速する絶滅へのステップ。ヤンバルクイナやノグチゲラも既に危うい。
地球で最も有害な生き物は、人間とウイルスという。その人間も、自ら吐いた毒に染まり、絶滅への坂道を転がり始めている。制御出来ない核エネルギーを、性懲りもなく使い続けることを宣告し、そのツケを数万年後に遺して悔いることのない愚かな為政者たち…苛立ちが連鎖を生み、歳のせいかと嘆息しながらも、もう見ることのないニホンカワウソを想う午後だった。
台風14号が台湾の西でUターンし、再び先島諸島を窺っている。沖縄本島を吹き荒れた15号が九州の西の海を北上して、この辺りも時折突風と驟雨が奔る。台風一過・秋立つ期待もままならず、湿度が増した不快な空気の重みの中に8月が去ろうとしている。
いつの間にか蝉の声も疎らになり、生まれ遅れたアブラゼミが1匹、雲の切れ目の束の間の晴れ間にせわしげに鳴いていた。何年も何年も暗い土の中で過ごしたのに、今頃出てきても、もう伴侶に巡り合うことも叶わないだろう。
夜が落ちると、カネタタキが真っ先に涼やかな音色で鳴き始める。裏戸の辺りではエンマコオロギの声も転がり始めた。ガラス戸の裏にカベチョロ(ヤモリ)が張り付いて、電燈に寄る虫を待っている…いつも通りの夏から秋への移ろいの点景である。
猛暑に叩かれ苛まれ、少し疲れた今年の夏だった。
(2012年8月:写真:高原で見た花・未詳)