鉛色の雲のヴェールに顔を隠したまま、そそくさと夏が過ぎようとしている。8月の日照は記録的に少ない。雨、雨、雨の鬱陶しい毎日、こんな夏は経験がない。広島の甚大な被害のニュースに胸を痛めながら、ふと思う。こんな危険な場所を売りつけた土地開発業者への非難の声が出ないのは何故なのだろう?10年前の教訓をないがしろにした行政も、大いに反省するべきだろう。
二夜連続して、月下美人が2輪ずつ咲いた。自分たちだけで愛でるには、あまりに美し過ぎる花である。知人友人4人の女性を二夜に分けて招いた。
頭を擡げた蕾が、8時ごろから綻び始め、やがて半分ほど開いたところで馥郁とした香りが、一気に部屋中に満ち溢れる。萼を反り返らせて満開になるのが9時半…朝には萎んでしまう、一夜限りの絢爛である。
賑やかに談笑しながら、花を愛でる時が過ぎた。帰り際、前日咲いた花を冷凍していたものをお土産に持たせた。解凍して熱湯に潜らせ、刻んで鰹節を散らし、三杯酢を垂らして食べると、トロトロしゃきしゃきの絶妙の食感が味わえる。
「これを食べると、月夜の晩一夜だけ美人になれます」と言葉を添えた。爆笑で閉じた夜の花見だった。
日本の雨に閉ざされた夏に対し、次女の住むカリフォルニアは500年に一度の大旱魃というニュースが流れた。湖の水位が十分の一になったとか、芝生に水を撒いたり洗車したりしたら高い罰金を取られるとか、枯れた芝生に緑のペイントをスプレーしてごまかしているとか、芝生を剥いでサボテンを植える家庭があるとか…農作物も壊滅状態らしく、やがては日本への輸出に影響が出ると報じていた。
娘のお気に入りのプールやジャグジーも閉鎖しているのだろうか?カリフォルニア名物の山火事も心配だが、Skypeを繋いで聞いた娘の話では、連日37度の猛暑だが、風がないから今のところ山火事は発生していないという。先年、山火事真っ最中のカリフォルニアを訪れたとき、ハリウッド周辺の高級住宅が次々に焼け落ち、近隣各地で燃え続ける山火事の煤が、娘のコンドミニアムのテラスにまで降っていた。
東部では豪雨禍もある。世界中の気候に異変が起きている。そういえば、台風がばったりと途絶えた。やがて二百十日、台風最盛期は目の前である。
俄かに庭の虫の声が繁くなった。カネタタキを従えながら頻りに鳴き続けるミツカドコオロギの声が、夜毎増えていく。
ロビン・ウイリアムズが亡くなった。いい役者だった。コメディアンとしてよりも、抑えた演技で泣かせたGood Will Huntingが一番心に残る。追悼番組として放映されたブルーレイが、再生を待っている。秋の夜長に、しんみりと観ることにしよう。
ハンフリー・ボガードの夫人だったローレン・バコールも亡くなった。ハリウッドが、又寂しくなった。
そして昨夕、米倉斉加年の訃報を聞いた。警固中学から福岡中央を経て西南大学在学中に中退して上京、演劇人として生きる道を選んだ。修猷館高校文芸部で脚色した芥川龍之介の「羅生門」を演じたとき、隣接する西南大学演劇部から演出に来てくれたのが、米倉斉加年の友人だった。
そっぽ向いて去りゆく夏が、寂しい話題ばかりを呼び寄せる。少し凹みがちな季節の移ろいである。
(2014年8月:写真:月下美人の絢爛)