9月25日、術後ほぼ2ヶ月過ぎて、主治医(執刀医)による初めての術後検診を受けた。
快晴の青空は次第に高く、雲の佇まいにも猛々しさはなくなってなっては来たものの、まだ未練がましい残暑の居坐りが感じられる午後だった。駐車場に車を置いて病院に辿る並木道にも、退院の頃の姦しい蝉の声は気配もなかった。
自動再来受付機で登録を済ませ、中央放射線部で待つこともなくレントゲン写真を2枚撮り、整形外科の待合室に戻る。五分後には、カミさんと二人で主治医の前でレントゲン写真に見入っていた。左股関節を骨盤から大腿骨に到るまで、4つのチタン合金部品と、セラミック部品、骨盤に深々と刺さるビスの影が白く写っている。サイボーグの部分解剖図である。
「順調ですね。骨盤にビス止めしたチタン合金のカップも隙間がなくなり、順調に骨盤との同化が進んでいます。軟骨代わりのセラミックのライナーも、ずれなく納まっているから問題ありません。次回は、2か月後の11月27日、同じ時間に来て下さい。」
回復の太鼓判を押され、やはりホッとした二人だった。あとは、リハビリを重ねて、大腿部と臀部の筋力を鍛え、作動範囲を徐々に拡げ、併せて腹筋や背筋も強くしなければならない。
お願いしたら、こんなカードを手渡してくれた。クレジットカード大の紫色のプラスチックカードに、「PATIENT CARD」と印字されている。
I have an artificial joint implanted
in Hip or/and Knee
These inplants may actiate a
metal detection device
「私は股関節・膝関節に金属インプラントを使用しています。
このインプラントは、金属探知機に反応します。」
そして、裏面には人体図と手術部位、患者名、病院及び医師名がサインされている。そう、これは航空機搭乗時の金属探知機による検査で、必ず反応してブザーが鳴った時の証明書である。称して「サイボーグ証明書」(これは私の命名)。海外の空港でも通用すると言われたが、多分もう海外に旅することはないだろう。3冊目の10年パスポートも、もう失効していることだろう。
55年目を迎えた「運転免許証」、11年目の「スキューバダイバー・ライセンス」と並ぶ、3つ目の証明書である。(因みに、国や行政がやいのやいのと急き立てて取らされた「マイナンバーカード」は、太宰府市では単なる身分証明書代わりにしかならない。いずれは、何でもこれ一枚で済むようになると言われて2年前に作っていたから、先日印鑑証明を取りに行ったら、「これは使えません。印鑑証明カードをお持ちください」と、けんもほろろの応対だった。2年も経ってもこんな有様である。これが国のやることであり、帳面消ししかやらない行政の実態である。まだ、取得率は30%という記事を最近見た覚えがある。)
溜まった夏の疲れが、秋風に少しずつほぐれていく。「貯まっても困らないのはお金だけ」……そんなセリフを吐いてみたいなと自笑し、無駄に溜まるいろいろなものを持て余しながら、本気で「断・捨・離」を始めなければと思う。80年近く生きてきた証しは、様々な想い出も溜めてしまっている。断ちがたいものを断ち、捨て難いものを捨てるのは、それなりの覚悟が要る。諦めが要る。悲哀が残る。若い者は、それを「年寄りの未練」という。
よしよし、お前さんたちも歳を取ってみるがいい。
体重も、ほぼ手術前の理想体重57.4キロに復帰した。術前検査で、身長が1センチ低くなっており、「これが歳を取るという事か」と少し寂しさを感じていたが、術後の説明で主治医曰く、「左足が少し短くなっていましたから、1センチ少々長くしておきました」
骨頭ボールを載せた楔状のステムを、コンコンコンと大腿骨の空洞部分に打ち込む際に調整出来るらしい。こうして、サイボーグは元の身長を取り戻した。
30分ほどで、秋風の中を走り帰った。秋刀魚が美味しい季節である。今夜は秋刀魚にしよう。
(2018年9月:写真:サイボーグ証明書)