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蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

アナログへの回帰

2016年03月29日 | 季節の便り・花篇

 研ぎ澄まされた凛冽の冬空を飾っていたオリオン座も大三角も西の空に沈み、東の地平線の下には、猟師オリオンを倒した巨大な蠍がザワザワト蠢き始める季節である。
 しかし、尾を巻き上げた蠍座を此処太宰府で観ることは殆どない。大気の濁りと街の灯の明るさが、夏空の風情を奪い去って久しい。喪っていったものばかりが、しきりに気にかかる昨今である。

 住宅地に猿の出没が増えている。人の手で養生されていた里山が放棄され、荒れていく山林に猿や鹿、熊、狸、穴熊などの野生動物が還って来始めた。人間に奪われた生息地に、じわじわと押し戻してくる獣たちの動きが加速している。
 一昨日、まだ二分咲きの桜が枝垂れる御笠川で、久し振りに美しい翡翠色のカワセミを見た。渓流にしか棲まない筈のカワセミが、人の営みのど真ん中に還って来た。これも自然界の逆襲のひと齣だろう。

 「イモムシ探検隊」という本を書いた盛口 満さんの「人間の好みや理解を超越して、自然はそこにある。人間がいかに人間に都合のいいような世界を作ろうとも、自然はその中に滲み出してくる」という言葉が、改めて思い出される。
 ハンターを増やすキャンペーンが起こり、「狩りガール」とか「シビエ(獣食)とかをブームにしようとする動きも、所詮は一時的な悪あがきでしかないのだろう。大自然が本気で巻き返しを始めたら、とても人知の及ぶところではではない。
 人知の及ばない核エネルギーに手を付け、「フクシマの悲劇」を早々と忘れて、放射性廃棄物の処理のあてもないままに、原発再起動が当たり前のように進められている。利権金権まみれの政財界が、愚かにもトイレのない家を作り続ける……荒涼とした思いの中に、滅びの笛が蕭々と吹き抜けていく。

 桜の開花を迎えてメジロの訪れがなくなり、庭先の八朔を啄みに来るのは姦しいヒヨドリだけになった。いいだろう、八朔の在庫が続く限り、ヒヨドリの食卓を飾ってやろう。
 庭のあちこちにハナニラが六光星の花を散り拡げ始めた。カメラを近付けながら、ふと背景の煩わしさを思う。かつて、アナログカメラにこだわり続けていた頃が懐かしい。
 24枚撮りのASA400の高感度フィルムを装着したカメラにマクロと接写レンズをダブルで嚙ませて、5ミリ足らずの山野草を這い蹲踞って5センチの距離から狙う。限界まで絞り込むと、背景が黒くボケて、花の姿だけがクッキリと浮かび上がる。

 撮り終ったフィルムを何本も抱えて、馴染みの「五条フォト」で現像・焼き付けを頼み、期待と不安にときめきながら翌日の仕上がりを待つ。1本のフィルムで1~2枚、納得の絵を見付けた時の喜びに胸躍らせながら、再び「五条フォト」に駆け込み、六つ切りに引き伸ばしてもらう。この店はフィルム1本につきデカ六つ1枚を、白いプラスチックのフォトフレームをつけてサービスしてくれた。気に入らないと、何度でも焼き直してくれる親切な店だった。
 やがて店は閉じたが、長い付き合いの縁で町内の敬老会の集合写真には、その後も駆けつけて来てくれた。やがて、集合写真を喜ばない敬老者が増え、「五条フォト」との縁も切れて、いつのまにか音信も絶えた。
 身近に親しいDPEショップがなくなったのを機に、とうとう抵抗をあきらめてデジタルカメラに買い替えた。しかし、その場で結果が見えて、すぐに撮り直しが効くデジタルカメラに対する抵抗感はいまだに消えない。アナログカメラの持つ、待つ間の期待と不安、満足の一枚を見付けて引き伸ばしを頼む喜び……喪われた大きなもののひとつである。
 使いなれたアナログカメラは、数多くの旅や山野草探訪登山の想い出と共に、今もリビングの飾り戸棚の奥深く大切に仕舞われている。

 閑中有閑の日々、やはり人間はアナログがいい……そう嘯きながら、デジタル最先端のパソコンでブログを書いている自分が笑える。しかし、矛盾だらけなところが、いかにもアナログではないか。
 桜満開まで、あと数日である。
                   (2016年3月:写真:ハナニラの乱舞)
   

蟋蟀庵ギャラリー

2016年03月10日 | つれづれに

 我が家のリビングは国籍不明である。部屋中に得体のしれない雑駁な品々が満ち溢れている。

 旅が好きである。旅先で、何か小さな記念の品を集めてくるのが楽しみだった。(今は「これ以上増やさないで!」という家内の厳命により、時折蠢く収集癖も意識して鎮めている。だから、此処では過去形の表現になっている)
 山野草と昆虫の写真にハマり込んで久しい。山野草はまだ16年ほどの経験に過ぎないが、昆虫写真には60年以上のキャリアがある。季節季節に高原や山野を歩き、僅か1週間のタイミングを拾いながら、地べたに蹲り這い蹲って、5ミリ足らずの山野草をファインダーに撮り込む。花に止まった一瞬を狙って、望遠やマクロレンズを近付けて、蝶や昆虫たちの生命の輝きに、息を止めてシャッターを落とす。
 16年にわたり、行きつけのクリニックの待合室を飾ってきた山野草の写真は500枚を超え、アルバムには、その数倍の写真が納まっているだろう。

 こうして、わが家は得体のしれない部屋になった。
 本棚の脇に立てたガラスキャビネットには、インドネシア・バリ島のガルーダの黒檀木像、古代王国・ガンダーラの小さな石仏、タイの神像、ベネチアの仮面やベネチアングラスのランプ、メキシコの魚の形をした螺鈿栓抜き、エクアドルの楽師人形、アラスカ・ネイティブのトーテムポールのワタリガラスやシャチの像、エジプトのスフィンクス像、10回以上訪れたアメリカからはネイティブのキセル、デスバレーの砂丘SAND DUNEの砂、ブライスキャニオンやネバダ砂漠、ヨセミテ、ザイオンキャニオン、アンテロープキャニオンで拾ってきた岩の欠片、ネイティブ・ホピ族の精霊ココぺりのさまざまなグッズ、メキシコ・ロスカボスやカリフォルニア・カタリナ島、沖縄・座間味島のダイビング記念に、海底から持ち帰った小石、アンモナイトの化石。
 挙句は、沖縄・宮古島の星砂から、阿蘇山の硫黄の塊、雲仙普賢岳の噴石、太宰府の鷽、箱崎天満宮のチャンポン、各地の窯元で買い求めたぐい呑み十数個と、実に限りがない。
 自慢の逸品は、高校生の頃泊まり込んでろくろを廻した折に気に入り、ひと晩粘りに粘って譲ってもらった、ある小石原焼の名陶窯元の無名の頃の秘蔵の水差しと、名を成した後のぐい呑みだろう。(今は、そのお孫さんが活躍している。)

 壁には、タイ・バンコクの水上マーケットで見付けた水牛の裏皮に染め上げられた象に乗る王、インドネシア・ジャワ島の影絵芝居ワヤンクリッの人形や木彫りの仮面、パピルスに描かれたエジプトの絵、アメリカ・アリゾナの鉄板で作られたトカゲ、インドネシア・バリ島を描いた友人の画家の絵が2枚(これは当時の値段で1枚40万の作品である)、博多祇園山笠の当番町水法被の暖簾、歌舞伎の隈取を染めた暖簾……
 テレビの前では、チェーンで作られたガラガラヘビ(横で熊本のゆるキャラの「クマモン」が首を揺らし続けている)、ホルンを吹くカエルのパイプ像、膝を抱えていじける河童……まさに雑駁、国籍不明の飾り物が満ち満ちている。
 
 更に、とどめを刺そう。
 我が家のトイレは、蝶の写真のギャラリーと化し、10枚を超える私の納得の写真が壁を埋め尽くしている。以前は二階への階段の壁面に飾っていたが、一日中見ていたい写真だから目に付く頻度が多い場所を探し、とうとうトイレの壁を席巻することになった。
 中に2枚、秘蔵の写真がある。かつて奄美大島以南でしか見られなかった蝶が温暖化で北上、九州国立博物館の裏山で生息を確認したタテハモドキと、宮崎・日南海岸の鵜戸神宮で群舞していたクロマダラソテツシジミである。残念ながら、その貴重な価値を分かる人は滅多にいない。
 多くのお客様には喜んでもらっているが、ただ一人根っからの虫嫌いの人がいる。九州国立博物館環境ボランティアの編集仲間で作っている「五人会」の中の一人の若い女性を、目をつぶってトイレを使うという、申し訳ない状況に置いてしまっている……が、取り外す気は毛頭ない。虫キチ、病膏肓に入ると自嘲(自賛?)しながら、毎日を楽しんでいるから始末が悪い。

 啓蟄も過ぎ、寒暖繰り返しながら次第に春が近づいている。カメラかついで山野を駆ける日が、もうすぐそこである。
 嗚呼、「断・捨・離」に背いて、またコレクションが増える!
                (2016年3月:写真:トイレ・ギャラリー)