最早、師も走らなくなった年金生活者の静かな年の瀬。迎春準備もほぼ終わり、珍しく(結婚して以来2度目の)市販のお節料理で手抜きと決めたから、押し迫っても気持の忙しなさもない。アメリカで皆が家庭に帰る静かなクリスマスを何度も経験したから、信仰と関係なく、やたらジングルベルが姦しく巷に満ちて騒ぎ立てる日本のクリスマスにも興味はない。町内行事の掉尾を飾る餅つき大会も終わり、博物館ボランティアと博多座12月恒例の文楽を残すばかりで、今年もあと10日となった。
「温泉ぱらだいす」というネットで「NEW【温ぱら平日限定】温泉の楽園プラン★湯殿“○○”入り放題★2名様よりOK!1万円ポッキリ!」という情報を見付けた。「美人の湯」で名を売る佐賀県・嬉野温泉の老舗である。しっかり空室がある。早速申し込んで翌日午後高速に乗った。1時間あまりの近場である。平日に自由に動ける年金生活者の特権と決め込んで、晴れた冬空の夕日に向かって西に走った。実は、ある出来事の1周年を祝う、重要な意味合いの小旅行でもあった。
増設を重ねた迷路のような回廊を歩いて向かった大浴場、普段は1000円の追加料金が取られる「湯殿○○」だったが、カードキーで扉を開いて入った湯船は、あまりに客が少な過ぎて…と言うより誰一人浸かっていなくて、寒々とした独りっきりの貸し切りだった。私にしては珍しく湯当たり寸前まで長湯して部屋に戻り、ポカポカ温まった身体で心地よく暫しうたた寝…温泉好きの家内が帰ってきたのは、それから更に30分も後である。
お食事処でいただいた13品の夕飯は小奇麗で美味しく、何よりも係の人たちの笑顔が嬉しい。格安の客にも分け隔てなく、美人女将が挨拶に来て却って恐縮してしまった。女将が描いたお地蔵さんや童の絵が館内到るところに飾られているのも、此処の名物である。土産物を物色する序でに200円のUFOキャッチャーで遊び、一発でウサギのぬいぐるみをゲット。就寝前にもう一度別の大浴場と露天風呂を又も貸切で楽しんで、近場の旅の宿の眠りに就いた。
一夜明ければこの冬一番の寒波で、嬉野は氷点下2.1度の冷え込みとなった。朝風呂で温まり、バイキングの朝食を腹いっぱい食べてチェック・アウト。江戸文化が好きな家内が一度も行ったことがないというテーマパーク、「肥前夢街道」に寄ることにした。
開園以来26年が過ぎ、オーナーも変って、気の毒なほどの寂れようである。現れた忍者が、一生懸命に解説や「南京玉すだれ」を披露してくれる。しきりに薦めるのを断り切れず、凍て付くような500円の忍者ショーの劇場に座った。観客は私達を含めて4人、何とも痛々しい。十字手裏剣探しでお土産をもらい、試しの十字手裏剣投げを全て的中させてご機嫌で坂道を下る途中、「なりきり写真館」から呼び込まれた。同情と興味と、どちらが勝っていたのだろう?
服の上から3分で衣装と鬘が着けられ、大岡越前守と姫御前(家内は「あんみつ姫」と自称!)が出来上がった。かつては有名映画スターのブロマイドや、化粧品のカレンダーの為に女優を連れて海外撮影をしていたというプロのカメラマンである。我ながらよく似合っていると自画自賛し、次は眠狂四郎でいこうなどと悦に入りながら、それなりの暮れの想い出作りとなった。(この写真が後日、町内や友人達の「年忘れ大爆笑!」を誘うことになる。さすがに気恥ずかしくて、公開を憚る。)
高速を走り戻る途中、昼餉の時間となった。川登のSAに寄り、噂の「佐世保バーガー」に巡り会った。二人ともこの歳で国内はもとより、アメリカでも何軒ものバーガー・ショップを食べ歩いて娘の顰蹙を買う、結構なハンバーガー・マニアである。
ウーン!と唸った。ベーコン、トマト、レタスにベークド・エッグを挟み込んだ何の変哲もないハンバーガーなのだが、ソースの妙!和風に味付けされ、小奇麗に飾られて、オニオン・フライと三日月型のポテトフライ、ピクルスとオリーブとオレンジのひと切れが添えられた味のバランスが絶妙なのである。日頃のバーガー・ショップの値段からすれば、1000円は決して安くはないファースト・フードなのだが、どうやら病み付きになりそうな美味であった。恐るべし、佐世保バーガー!
おかしなおかしなシニア・ライフの、年の瀬のひと駒である。
(2011年12月:写真:佐世保バーガー)