青空が抜けた。それほどの戻り寒波もなく、いつの間にか冬将軍の背中は遠くなっていた。雲一つなく、最高気温22度という予報に、気持ちの中にもぞもぞと蠢くものがある。
冬物のコートもトレーナーも、シャツもジーンズも、パジャマも全て片付けて洗濯機を2度も回し、2階のクローゼットに何度も行き来しながら、春から初夏に衣替えを済ませた。この晴天も今日まで、明日からしばらく雨模様が続く。浴槽を洗い、天婦羅蕎麦で昼餉を終え、ビデオで映画を一本観て……。
ショルダーバッグにカメラを担いで歩き始めた。観世音寺のハルリンドウが盛りを迎えたから、そろそろ「野うさぎの広場」にも咲き始めているかもしれないと、期待が膨らんでいた。怒りのブログにも倦んだ。気分転換に、小さな春と戯れて来よう!
午前中動き回ったせいか、博物館への89段の階段を上る足が少し重い。休館が続き、今日も人っ子一人居ない博物館を右に回り込んで、自販機で珈琲を買った。桜がそろそろ見ごろである。早速迎えてくれたのはシャガの花だった。
紫の斑(ふ)の仏めく 著莪の花 高浜虚子
もう40年以上昔になるだろうか、取引先招待の旅の途中、天の橋立で初めてこの花に出会って名前を知った。その時書いたミニエッセイに、この句を添えたことを思い出す。
山道に入る手前には、濃いピンクの色鮮やかな西洋石楠花が満開である。
木立の下に置いたマイストックの枯れ枝を拾い、少し息を切らしながら山道を辿った。静寂の中に、時折カーンと竹が弾ける音が聞こえるのも、いつもの通りである。ほどなく上りあがった「野うさぎの広場」に、残念ながらハルリンドウの姿はなかった。山野草の花時は短い。もう咲き終わったのか、まだこれからなのか、それは花だけが知っている。久住高原・御池のほとりの山野草も、1週間のタイミングで姿を見せてくれない。今年はきっとキスミレもヤマルリソウも、例年より早いだろう。4月になったら走ってみようと思った。
木漏れ日の中に、一人用のシートを拡げる。畳めば手のひらサイズになり、ショルダーの脇ポケットに収まる優れものである。缶コーヒーで喉を潤し、シートに横たわった。
静寂を感じるのは、決して無音ではない。風の音、転がる枯葉、かすかな鳥の声……そんな中にこそ静寂がある。それは、20メートルの海の底でも同じだった。サンゴをかじるブダイの歯の音なのか、絶えずどこかでカチカチと音がする。岩礁にぶつかる涛の騒ぎ、レギュレーターから泡となって湧き上がる呼気のざわめき……そんな音に包まれてこそ、静寂があった。
風が葉末を揺するたびに、瞼の裏で影が踊る。耳元を何かの羽音が掠める。手の甲を、山蟻が歩きまわる。束の間、微睡んでいた中で、かすかな野生の叫びを聴いたような気がした。30分ほどの憩いに、コロナ騒ぎも何もかも忘れて、至福の時間が過ぎていった。
汗が引いたところで立ち上がり、マイベッドを片付けて広場を去ろうとしたが、ハルリンドウに未練が残る。咲き残りか咲き急ぐ慌て者の花が一輪でもないかと、広場をうろつきまわった。キチョウが戯れてくる。小さなスミレにカメラを向けて蹲ったとき、目の前に蕨を見つけた!十数本を摘み取り、今夜の味噌汁で味わうことにした。広場が用意してくれた、ささやかなお土産だった。
早蕨の にぎりこぶしを振り上げて
山の横つら はる風ぞ吹く (四方赤良:太田蜀山人)
ほほえましくなる、江戸時代の狂歌である。
息が上がる登りと違って、帰りは足元を見るゆとりが増える。可愛いスミレや、初々しい新芽を見つけてカメラに収めた。博物館への106段の階段を降りようとしたとき、視野の隅をを青い色が掠めた。やっと見付けたハルリンドウだった。
ジロボウエンゴサク、ムラサキケマン、土筆、枝垂桜などをカメラに収めて、2時間半の散策を終えた。
マスクも要らず、交通費ゼロ、缶コーヒー140円だけで、コロナも怒りも忘れて、こんな至福の時がある。
新聞に見た、1月生まれの今日の運勢
「激しさが消えてマイルドになり、自己主張しない」
ハハハ、すっかり見透かされていた。
(2020年3月;写真:九州国立博物館の桜)