先週末から富山で開催されたがん哲学外来の講習会と大会に出かけた。7/7ががん哲学外来コーディネーター講座。関東の人は受講できたが、関西の人は欠席も目立った。昨年(神戸)と比べると内容的にも楽しいムードで、みな今年は楽ね と言っていた。「がん哲学外来」は医療と患者さんをつなぐ役割だが、「哲学」となるので「患者会」とか医療機関の相談窓口とも違う。「哲学」とは?
幸い帰りの7/8の夕方は晴れて、暑くなった。京都へ回って帰ることにした。金沢から大阪までのサンダーバードで「がん患者だけでなく、病気や介護に悩む人にできることは何なのだろうか?その人自身が越えていかなくてはならない人生の壁でも、何があれば少しは楽になるのだろうか?」そんなことを考えた。母は自分がほんの少しでも役に立っ生きていること、それまで自分のしてきたことがそのために役に立っている ということで生きがいを感じていた。人は自分の生きた(生きている)意味を感じたいのではないだろうか。そして、つらいときは、やはりつなぐ手が欲しいのではないだろうか。肩を抱いてくれる手が。言葉だけではだめな気がした。
京の街はさらに暑かった。行きたかった成就山の八十八ヶ所めぐりは「足元はともかくこの暑さが大変です。今度はお一人ではなくお越し下さい」と言われた。「お一人ではなく」なら来られる時はない と悲しかった。仁和寺から妙心寺へ。無常を感じながら歩いた。「私を繋ぎ止めていた母がいない。もう、なにも私をつなぎとめるものはないのだ と。だれもいない桂春院庭園を眺めていた。こんなときの枯山水は、悲しい。最後に妙心寺の退蔵院へ。水琴窟があった。先日買った鈴よりは少し音が小さいが同じ音色だ。以前に私はここに来たのだろうか。暑くて室内で一服のお茶を頂く。帰り道、はっと気がついた。余香苑のしだれ桜は(今は緑だけ)春に写真で送っていただいたものではないか?あの時、何処の桜とも気にしなかったが・・・。どうして、どうして私はここに来たのだろうか?不思議だ、水琴窟といい、しだれ桜といい・・・。
「生かされている」そういう運命がある。だから、理屈ではないものが人をつなぎとめている。私は一人ではない。私をここに招いたものがいるということは。