雲一つない青空だった。これが空色というのかなと思った。本を返しに図書館へ行くので、2つ先の駅にある余呉湖へ足を伸ばした。桜は散っている木は多かったが、種類によっては咲いていて、柳の新緑がうつくしかった。湖もグリーンの水を湛えていた。年配のカップルが何組か歩いているだけだった。このしあわせはなにものにも代えがたい。
昨夜は3時ごろ固定電話が鳴ったような気がする。2回鳴ったので気のせいではないだろう。前ならそれから1時間くらいは眠れなかったのだが、最近は目が覚めても、すぐ眠りについて朝までしっかり眠れるようになった。
ネットで見た記事に「しあわせに一生を送れる人は 健康→つながり→お金 の順番を守っている」とあった。精神科医の意見だが、「しあわせ」の定義を、まず、脳内物質のセロトンにがたくさん出ているときで「心と体の健康」な時だという。こんな風にのんびり暮らしていると、健康が何よりだとつくづく思う。眠れるのは体力があるからだと聞いたことがある。母はともかくよく眠れる人だった。デーサービスに行くにも、施設から「目覚まし電話」をくるまで眠っていた。(朝8時半を過ぎていた)
しあわせでいるには何かに固執しないことかなと思う。ありのまま受け止めていくことかなと思う。今日の青空のようにどこまでくもりなく。