生まれた時から父方の祖父母が一緒だった。
母方の祖母は、母が中学生の頃に亡くなっており、母方の祖父とはそれほど密に行き来をしているわけではなかったから、
私にとっては父方の祖父母のほうが身近だった。
祖父は私たち孫をお風呂に入れてくれたり、
祖母は、体が弱かった姉の入院や仕事で家をあけがちだった母の代わりに私と一緒に留守番をしてくれたり、
普通に孫をかわいがってくれたと思うのだが、
祖父母には、どこか孫と一線を引いているところがあった。
離れて暮らす従兄弟も同じことを言っていたから、私だけがそう感じていたわけではなかったと思う。
同じように祖父母と暮らしている友達が、
親に叱られるとおばあちゃんのところに逃げるとか、親よりも甘えられるから好きといった話を聞くと、
いつも不思議な気持ちになったものだ。
晩年、祖母がアルツハイマー症を患い、息子である父のことすらわからなくなってしまった。
父は、自分の母親が壊れてゆくのを目の当たりにするのが、私や母よりも辛かったのだろう。祖母に対して声を荒げることもあった。
混乱の中にいた祖母が、少しずつ平和になってきたある日、祖母は静かに息を引き取った。
私だけがそこにいた。
通いのヘルパーさんが、たまたま来ない日で、母がたまたま外にいて、私がたまたま早く仕事から帰ってきていた。
祖母のひとつひとつの呼吸がゆっくりになり、でもそれはまったく苦しそうではなく、
扇風機のスイッチを切って、羽がだんだん止まってゆくのに似ていた。
ふぅー、と最後の息をすると、祖母は目を閉じたまま、すこし嬉しそうな顔をした。
お通夜のあと、祖母が特別にかわいがっていた叔母が遠方から駆けつけてきた。
冬の寒い日で、祖母のいる部屋の襖は閉め切ってあったが、叔母がその部屋に入る前に、
部屋に飾ってあった大量のキンギョソウが、一斉に大きく揺れた。
祖母は、叔母が来てくれたのがわかって嬉しかったのだ、と思った。
たとえアルツハイマーになってすべてを忘れたようにみえても、それは肉体だけで、
魂はけして忘れたりしないのだ。
混乱している祖母と一緒に暮らしながら、祖母の魂はどうなっているんだろうと思うことがあったけれど、
そのことがわかって、嬉しかった。
今日、ある店の片隅で、おおぶりの壷に活けられた白いキンギョソウの造花が、私の目を引いた。
もう20年も前のことだ。
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母方の祖母は、母が中学生の頃に亡くなっており、母方の祖父とはそれほど密に行き来をしているわけではなかったから、
私にとっては父方の祖父母のほうが身近だった。
祖父は私たち孫をお風呂に入れてくれたり、
祖母は、体が弱かった姉の入院や仕事で家をあけがちだった母の代わりに私と一緒に留守番をしてくれたり、
普通に孫をかわいがってくれたと思うのだが、
祖父母には、どこか孫と一線を引いているところがあった。
離れて暮らす従兄弟も同じことを言っていたから、私だけがそう感じていたわけではなかったと思う。
同じように祖父母と暮らしている友達が、
親に叱られるとおばあちゃんのところに逃げるとか、親よりも甘えられるから好きといった話を聞くと、
いつも不思議な気持ちになったものだ。
晩年、祖母がアルツハイマー症を患い、息子である父のことすらわからなくなってしまった。
父は、自分の母親が壊れてゆくのを目の当たりにするのが、私や母よりも辛かったのだろう。祖母に対して声を荒げることもあった。
混乱の中にいた祖母が、少しずつ平和になってきたある日、祖母は静かに息を引き取った。
私だけがそこにいた。
通いのヘルパーさんが、たまたま来ない日で、母がたまたま外にいて、私がたまたま早く仕事から帰ってきていた。
祖母のひとつひとつの呼吸がゆっくりになり、でもそれはまったく苦しそうではなく、
扇風機のスイッチを切って、羽がだんだん止まってゆくのに似ていた。
ふぅー、と最後の息をすると、祖母は目を閉じたまま、すこし嬉しそうな顔をした。
お通夜のあと、祖母が特別にかわいがっていた叔母が遠方から駆けつけてきた。
冬の寒い日で、祖母のいる部屋の襖は閉め切ってあったが、叔母がその部屋に入る前に、
部屋に飾ってあった大量のキンギョソウが、一斉に大きく揺れた。
祖母は、叔母が来てくれたのがわかって嬉しかったのだ、と思った。
たとえアルツハイマーになってすべてを忘れたようにみえても、それは肉体だけで、
魂はけして忘れたりしないのだ。
混乱している祖母と一緒に暮らしながら、祖母の魂はどうなっているんだろうと思うことがあったけれど、
そのことがわかって、嬉しかった。
今日、ある店の片隅で、おおぶりの壷に活けられた白いキンギョソウの造花が、私の目を引いた。
もう20年も前のことだ。
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