自分の親切さについて考えさせられたことがあった。
私は自分は親切なほうだと思っていて、とりたてて疑問をもったこともない。
登場するのはピカケである。(ピカケの話はコチラ)
ある土曜日、ピカケが私に聞いた。
「火曜日、どこかに行く用事ある?」
火曜日は私の休みの日だ。カイルアにある友達の家に行くと答えると、
「え!カイルアならワイマナロに近いね!」
と顔がパーっと明るくなった。
「ワイマナロにある歯医者までお金を届けてもらえないかなあ」
火曜日までに治療費の半額を払わないとならないのだが、火曜は仕事なので行けない。
メールで送ればよかったのだが、うっかりしていた、という。
アメリカでは治療費などの支払いは、個人小切手で郵送するのが一般的。
カイルアとワイマナロは、5~10分ぐらいで近いといえば近い。
でもワイマナロのどこかもわからない。
さすがに私も、一瞬迷った。
今までも帰りにピカケを更正施設まで送っていったことが2回ある。
自宅を通り越していくわけだから、遠回りではあるが、たまのことである。
火曜日も、少し早く家を出れば行けるけれど、
これは彼女の問題で、私がそこまですることもないんじゃないか、とも思う。
しかし、彼女には車がない。
4本ない前歯を見て、私は「いいよ」と言った。
前日の月曜が給料日なので、その日帰りに私と一緒に帰ってお金を引き出して、
現金を渡す、というのだが、
その月曜は私に医者の予約が入っていて、早退しなければならない。
それで私は、火曜日の朝に職場に寄り、ピカケからお金を受け取ってから行くことになった。
月曜じゃないとお金がないのだから、それしかない。
私は、夫に話してみた。(火曜の朝、職場に寄ることは言わなかった)
黙って聞いていた夫が言った。
「それってノーマルだと思う?」
ノーマルじゃないと思うから聞いたんじゃないか、と心で言ったが、黙っていた。
私にしてみたら、相当人がいいと思う夫に言われたことで、ショックだった。
結局、歯医者は友人の家から5分ぐらいのところにあり、
ピカケが書いた詳細な地図と、私が何の説明をしなくてもすむような手紙を書いたおかげで
すぐに用事は済んだ。
可能なことなのだから、やってよかったのだと納得したい私がいる。
利用されて、甘くみられているのだという思いが、苦い味となって口の中に広がる。
親切にしたことで、自分のそういう面を見てしまったことのやりきれなさ。
今まで私がつきあってきた人達は、おおかた、距離のはかりかたが似ていて、
こんなふうな気持ちになることはなかった。
親切を申し出て、いったん相手が遠慮して、さらに申し出るだとか、
またその逆であるとか、
同じ親切を繰り返しても、当たり前に思わないで感謝するだとか、
互いに引いた線の位置が近いと、そういうやりとりがスムーズにできる。
一人、そうじゃない人がいたのを思い出した。
昔の職場のお局で、ホームセンターのチラシに載っていた鍋を買ってきてくれと言う。
彼女は車を運転しないので、私は帰りに「遠回りをして」それを買った。
翌日、それを持ってゆくと、イメージが違ったのか
「あ、それならいらない」
お金を払うとも、返しに行くとも言わない。私は鍋を持ったまま、あっけにとられた。
さすがのピカケも、そこまでではないと思う。
ピカケはその週末を最後に仕事に来なくなった。
アパートも引き払っていて、連絡もつかない。
私のザワザワした気持ちはそのままで、
やってあげればよかったと後悔するより、やってよかったのだというところに、
むりやり折り合いをつけようとしている。
1週間ほどして、ピカケがひっそりとユニフォームを返しに来たらしい。
半額払った義歯はどうしただろう。
そのとき前歯があったかどうか、応対したマネージャーに聞きたかったけれど、
聞くタイミングをなくしたままだ。
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私は自分は親切なほうだと思っていて、とりたてて疑問をもったこともない。
登場するのはピカケである。(ピカケの話はコチラ)
ある土曜日、ピカケが私に聞いた。
「火曜日、どこかに行く用事ある?」
火曜日は私の休みの日だ。カイルアにある友達の家に行くと答えると、
「え!カイルアならワイマナロに近いね!」
と顔がパーっと明るくなった。
「ワイマナロにある歯医者までお金を届けてもらえないかなあ」
火曜日までに治療費の半額を払わないとならないのだが、火曜は仕事なので行けない。
メールで送ればよかったのだが、うっかりしていた、という。
アメリカでは治療費などの支払いは、個人小切手で郵送するのが一般的。
カイルアとワイマナロは、5~10分ぐらいで近いといえば近い。
でもワイマナロのどこかもわからない。
さすがに私も、一瞬迷った。
今までも帰りにピカケを更正施設まで送っていったことが2回ある。
自宅を通り越していくわけだから、遠回りではあるが、たまのことである。
火曜日も、少し早く家を出れば行けるけれど、
これは彼女の問題で、私がそこまですることもないんじゃないか、とも思う。
しかし、彼女には車がない。
4本ない前歯を見て、私は「いいよ」と言った。
前日の月曜が給料日なので、その日帰りに私と一緒に帰ってお金を引き出して、
現金を渡す、というのだが、
その月曜は私に医者の予約が入っていて、早退しなければならない。
それで私は、火曜日の朝に職場に寄り、ピカケからお金を受け取ってから行くことになった。
月曜じゃないとお金がないのだから、それしかない。
私は、夫に話してみた。(火曜の朝、職場に寄ることは言わなかった)
黙って聞いていた夫が言った。
「それってノーマルだと思う?」
ノーマルじゃないと思うから聞いたんじゃないか、と心で言ったが、黙っていた。
私にしてみたら、相当人がいいと思う夫に言われたことで、ショックだった。
結局、歯医者は友人の家から5分ぐらいのところにあり、
ピカケが書いた詳細な地図と、私が何の説明をしなくてもすむような手紙を書いたおかげで
すぐに用事は済んだ。
可能なことなのだから、やってよかったのだと納得したい私がいる。
利用されて、甘くみられているのだという思いが、苦い味となって口の中に広がる。
親切にしたことで、自分のそういう面を見てしまったことのやりきれなさ。
今まで私がつきあってきた人達は、おおかた、距離のはかりかたが似ていて、
こんなふうな気持ちになることはなかった。
親切を申し出て、いったん相手が遠慮して、さらに申し出るだとか、
またその逆であるとか、
同じ親切を繰り返しても、当たり前に思わないで感謝するだとか、
互いに引いた線の位置が近いと、そういうやりとりがスムーズにできる。
一人、そうじゃない人がいたのを思い出した。
昔の職場のお局で、ホームセンターのチラシに載っていた鍋を買ってきてくれと言う。
彼女は車を運転しないので、私は帰りに「遠回りをして」それを買った。
翌日、それを持ってゆくと、イメージが違ったのか
「あ、それならいらない」
お金を払うとも、返しに行くとも言わない。私は鍋を持ったまま、あっけにとられた。
さすがのピカケも、そこまでではないと思う。
ピカケはその週末を最後に仕事に来なくなった。
アパートも引き払っていて、連絡もつかない。
私のザワザワした気持ちはそのままで、
やってあげればよかったと後悔するより、やってよかったのだというところに、
むりやり折り合いをつけようとしている。
1週間ほどして、ピカケがひっそりとユニフォームを返しに来たらしい。
半額払った義歯はどうしただろう。
そのとき前歯があったかどうか、応対したマネージャーに聞きたかったけれど、
聞くタイミングをなくしたままだ。
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