引き出しの匂い

引き出しには匂いがある。

実家の、たんすの引き出し。

姉が東京に住んでいたときの家の、引き出し。

そしてハワイのこの家の、引き出し。

引き出しの建材の匂いなのか、

その匂いに洗剤などの匂いが混ざるのか、引き出しには引き出しの数だけ匂いがある。

姉の家の引き出しに入っていた服を、スーツケースから出すと姉の引き出しの匂いがする。






子供の頃、友達の家に遊びに行って、その家の玄関に入ると

その家独特の匂いがした。

それは引き出しと同じで、どの家の匂いも違っていた。

当時は、ハウスメーカーの建てた家というのは少なくて、木造で、土間がある家もあった。

そういう建物だから、なのだろうか。

大人になってから他の家を訪れても、それほどその家の匂いを感じることはないように思う。

そんな建物の匂いに、食べ物や、その家の人達の匂いが混ざるのだろうか。



湿り気のある、どうにも説明しようのない複雑な匂いが、私は好きだった。

良いにおい、というのではなく、何度も嗅いで確かめたい匂いといったらいいだろうか。

私の家にも、きっと匂いがあるはずだけれど、私にはわからない。


家にあがってしばらくすると、その匂いに慣れてしまう。

次に行くと、またその匂いがする。

私は玄関で、家の人に気づかれないようにその匂いを吸い込む、変な子供だった。




今、自分の引き出しから出した洋服の匂いを嗅いでいる自分は

まったくあの頃と変わらない変な人のままである。





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