太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

結婚しない人たち

2019-08-11 21:21:22 | 日記
昨日の新聞に、日本の結婚しない人たちについての記事が載っていた。

昨日のスター・アドバタイザー

記事によれば、今日本は、戦後最大の非婚率なのだそうだ。
17歳から65歳までの女性の70%が仕事をもっている。
そして若い女性たちの多くが、結婚をしたくないと思っている。
その理由として、子供がほしいと思わないこと、
結婚したら家事の負担が多くなるだけ、だといっている。
一方、男性のほうは、家族をもつことの責任を負いたくないと思っている。

むろん、これはデータであって、すべての人がそうというわけではない。
けれども、時代の流れを感じずにいられない。

記事の中でも触れていた。
昔は女性に適齢期というものがあって、
25歳になれば価値は半減するのでクリスマスケーキと呼ばれていた。
確かにそうだった。
私が二十歳の頃、二十代後半の先輩たちのことを、理想が高すぎてヨメにいけないのだと陰口を叩いていたし、
若かった誰もが、25歳までには普通に結婚するものだと信じていた。
(陰口を叩いていた誰もが普通の結婚をすることができなかったのは興味深いことである)

家事の負担が増える、自由がなくなるから結婚をしたくないという女性たち。
同じ記事を読んだ夫は、
「アメリカ人と結婚すれば、その心配はないのにね」
と言った。
一理、ある。
日本人と結婚していた頃は、あれもこれもしなくてはならないことばかりだったように思うけれど、
今は、私がしなければならないことなど何もない。

結婚に何の意味ももてないと思う気持ちも、わからなくもない。
けれども、せめて1度結婚してみてはどうだろうかと思う。
なぜなら、ひとつとして同じ結婚はないのだし、
何といってもやり直せるのだから。
そういう私も、幸せでない結婚を終えたあとで、また結婚したいと思っている自分に驚愕した。
離婚して初めて、「結婚が好き」な自分に気づいた。
懲りずに結婚を繰り返す人たちの気持ちがわかる気がした。
それも、結婚したからわかったことだ。

独身で人生を楽しむ人達が増えている、その裏で、
そういう人たちの親は、いったいどんな気持ちでいるのだろう。
適齢期という言葉が普通にあった時代に、25過ぎても結婚しない娘達を
私の親はワナワナしながらせきたてた。
「親は先に死ぬんだからね」と母が言えば、
「親が死んだあとも私は生きていかなきゃならないんだから
誰とでもいいわけじゃない」と言い、
しまいに母は、
「誰と結婚したって同じだよ!」
とまで言った。
父しか知らない母に、どうしてそんなことがいえるのだと反発したものだ。

行き遅れとか、出戻りなんて言葉が横行していた時代。
そのころ、せめてまわりに結婚しない人達がウヨウヨいたら、
母の焦りもまだマシだったかもしれない。
と、行き遅れた上に出戻り、さらに外国人と再婚した娘はひとり思うのである。