太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

いちいち

2021-08-15 16:04:11 | 日記
シュートメの1番下の妹であるロビンが、インディアナ州から出てきて2週間ほど滞在していた。
ロビンと私は9歳しか年が違わない。
長女であるシュートメ以外は、みんな気さくで明るくておもしろい人ばかりだが、16で子供を産んだロビンは、他の姉たちとはまた毛色が違う。
深い話もできる、姉のような感じがするのがロビンだ。

ロビンの滞在中、もう一人の叔母の家にディナーに行くという日、
私が仕事から戻ると、休みだった夫はかなりお酒を飲んでいた。
夫がお酒を飲んで酔っ払っていると、私は不機嫌になる。
ほどほどに飲むなら、飲んでも構わないけれど、飲むとなればしこたま飲む。
そんなに飲んで、体を壊したらと思うと腹が立つ。
私が嫌うのを知っていて、しこたま飲むのを繰り返すのにも腹が立つ。


ロビンが帰る前日、ロビンが私のところにやってきた。
「〇〇(夫の名前)のことだけど」
「なに」
「お酒飲むでしょう。あなたはそれが嫌でしょう。結婚生活を続けられるのかな、大丈夫なのかなと思ったの」

ロビンの父親(夫の母方の祖父)は、戦争から戻ったあと酒浸りになり、愛煙家でもあって、50代で他界した。
同じくヘビースモーカーだった母親も、60の声を聞く前に肺がんで亡くなった。
だから姉妹のだれも煙草を吸わないし、二番目の妹はワインを嗜むけれど、他は殆どお酒を飲まない。


「まあ、それはそうだけど、だからって結婚生活うんぬんというほどじゃないよ。あの人はとてもいい人間だもの、私よりずっと」

「そうよ、彼は私が出会った中でもすぐれて美しい人間よ」

「ただ、私は私が嫌だと思うことを我慢しないで、いちいち表現して伝えているだけだよ。前の結婚でそれをしないで失敗したから」

「一人で抱え込まないで、なんでも話してね。離れているけど、私はあなたを妹みたいに思ってるの」


ロビンに問われて気づいた。
確かに夫の飲酒は私が嫌うところで、イライラが高じると、それさえなければどんなにいいかと思ってしまうけれど、
それってそんなにたいした問題なのだろうか。

非の打ち所がない人など、いるわけがない。
Aが目立たなくなればBが目立つ、というふうに、同じ欠点を繰り返し見せられながら、そのたびああでもないこうでもないと対処しながら暮らすのはお互いさま。

最近、夫は「いちいち」という日本語を覚えた。
英語にすると、「Everytime」しか浮かんでこないけど、意味は伝わっているようだ。
いちいちうるさい私に、
「イチイチ ウルサイネエー」
と日本語で言う。
ウルサイね~、は、母が、口うるさい父に対して言っていたのを覚えたのだ。

「いちいちうるさくてごめんね、でもやめないからね」
そう言うと、夫は笑った。


あまりにも我慢しすぎて、相手のことが好きかどうかも分からなくなって、
波風立たぬように過ぎることだけが目標になって、結局なにも築けなかった前の結婚を、私は繰り返さない。
離婚したいと言う私に、相手が、離婚するぐらいなら死ぬと言った時、
そして明らかに偽の遺書をカップボードの上に見つけたとき、私が恐れたのは、
相手が死ぬことではなく、相手に死なれたあとの自分のことだった。
死ぬのは勝手だけど私のせいにしないで、という気持ちだった。
なんて薄情な、と思う。
十何年もかけて、私は何を守り、築いてきたのだろう。

時を経て、結局相手は死んでしまった。

私にできることは、同じ過ちを繰り返さないことだ。
ちゃんと自分にも相手にも向き合って、生きることだ。



いちいちうるさく私が言うので、夫は昨日と今日、休日なのにお酒を飲んでいない。
飲んでほしくないのに飲んじゃうだけじゃん。
その都度言えばいいじゃん。
うるさいけどごめんねと言って、うるさく言えばいいだけじゃん。
深刻になりかけていた私の心に、ロビンが石を投げて波紋を作ってくれた。