太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

やりたくないことはしなくていい

2021-08-19 07:31:00 | 日記
私がコラージュを始めたのは、ハワイに来てから2年目だ。
夫の叔母がギャラリーでスーザンの作品を見て興味をもち、
それでギャラリーに作品を見に行って、ちょうど紙を染めるワークショップが迫っていたので、なんとなく申し込んだのが始まり。

コラージュの仲間たちは、陶芸家でもあるスーザンの友人たちが半分、あとは私のようにコラージュに興味を持つ人の集まりで、公式な団体ではない。
会費もなければ、なんのルールもない気楽なものだ。

3年前にスーザンが突然他界し、スーザンの旦那さんがスーザンの名前で基金を作り、ペギーが中心となって盛り立ててきた。
週に1度、植物園の教室で集まって作品を創るのも、私は仕事で参加できない。
そのうちパンデミックになり、それも中断。
ペギーとはたまに連絡をとっていたものの、他の人たちとはまったく音信が途絶えた。

先日、チャイナタウンで作品展をやることになったと連絡がきた。
作品の搬入搬出は、日と時間が決まっており、それは平日なので私は行けない。
都合がつかないから、今回は私は不参加でいいよと言ったら、
ペギーが私の作品も搬入してくれることになったのだけれど、搬入後の飾りつけの手伝いも、私はできない。

フルタイムで働いているのは私だけ。
あとの人たちはリタイアしていたり、フリーでアーティストだったり、自由のきく人ばかり。
何があっても私は仕事で参加できず、そのたびに「仕事で」と言うのが心苦しい。
チャイナタウンの作品展も、ギャラリーが日曜月曜クローズという、私の休みと同じで、結局私はガラスの外から中をのぞくことしかできなかった。

その作品展はスーザンの基金からお金を出してもらったので、持ち寄りでスーザンの家に集まってお礼をしよう、ということになったというのを聞いた時、ドヨーンとした気分になった。
スーザンの家は45分ほどかかり、貴重な日曜日をそれに使いたくないと思ったのだ。


ここで私は気づいた。


私はもうかかわりあいたくないと思ってる
それはたぶん、スーザンが亡くなったときから


私は私で、独自のコラージュを確立していて、世の中に出してもいる。
スーザンがいてくれたら、見てもらいたいと思う。
でもスーザンがいないなら、私はひとりでやるほうがいい。
それでも、繋がっているべきだと思ってきたから、仕事で参加できないことが心苦しくもあり、反面、仕事が言い訳にもなっていた。

仲間たちはいい人ばかりだけれど、とても会いたい人たちというわけではなかったのだ。

グループメッセージによれば、ある日曜日にスーザンの家に集まることになったようだ。
行きたくないと思っていた私は、メッセージには参加せず息をひそめていた。
その日が近づき、いつもならペギーから個人的に連絡がくるのだが、この時には来ずに日曜日が過ぎた。

もし誘われたら、きっと私は理由をつけて断った。

人と、長くしっかりつきあうのが理想だと思っているのに、
その途中でこんなふうにどうしても無理がきて、疎遠になるようにしてしまうことが多い。
私の社交性か、性格かに問題があるのかもしれないが、そうだとしても、いまさらそれらがどうにかなるとも思えない。
やりたくないことは無理してやらなくていい、と自分に言ってあげることにしている。