太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

ジャマイカからの電話

2015-01-24 05:24:52 | 日記
仕事の合間にランチを食べていたら、電話が鳴った。

普通は携帯電話の画面に、先方の番号の下に、

USA HI というふうに、どこからかけられているかが表示される。

見ると、

Jamaica と表示されていた。

まただ。

以前にも一度かかってきたことがある。

同じ番号かどうかはわからないけど。

ジャマイカに知り合いはいないし、大事な用件ならメッセージを残すだろうと

鳴るに任せていた。

ジャマイカには行ったことがない。レゲエの神様、ボブ・マーリーのドキュメントを見ただけ。

道は舗装されておらず、洗練されているとはいえない建物が並び

豊かではないが、なにか生命力を感じた。

あの、どこかから誰かが今、受話器を持ってかけているのかな。

頭の中に流れるボブ・マーリーのレゲエを聞きながら、

遠いジャマイカのことを思う。

今回もやはりメッセージは残っていなかった。




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ラテン弁護士 その2

2015-01-22 21:48:59 | 人生で出会った人々
別居したまま、離婚話はいっこうに進まなかった。

あるとき、私は着替えなど荷物を取りに自宅に行った。

すると、洗面所のタオルが入っている棚の上に、広げた紙が乗っている。

それは相手が書いた「遺書」だった。


動転した私は、ある友人に電話をかけた。

電話をもつ手が震えた。

友人は私の話を聞くと冷静に言った。

「その紙を元にあったところに戻しな。それで何も見なかったことにして帰りな」

「だってもしも本当に死んだら?」

「あのね、遺書ってのは死んだあとで引きだしの奥のほうからひっそりと出てくるもんだよ。

そうやって広げて置いておくのは、遺書にみせかけて遺書なんかじゃない。脅しだよ」

「でも、もしも・・・」

「死ぬ、死ぬ、て言って死んだ人なんかいないよ。離婚なんかでいちいち死んでいたら

日本中死人だらけじゃん。」

「そりゃそうだけど・・・」

「仮に、万が一そういうことになったとしても、それはアンタのせいじゃない。」

「ひえー、やっぱり可能性はあるってことじゃん」

「もしそうなっても、アンタのせいじゃないって、私が思わせてあげる」



私はその紙を元の場所に戻し、何もさわらずに家をあとにした。

別の友人とランチをすることになっていたので、待ち合わせの場所に行った。

先の友人との電話で、少し勇気が出たものの、とても食欲なんかなかった。

帰り道、とりあえず話しておこうとラテン弁護士事務所に電話をした。

弁護士は出張で九州にいたのだが、そこまで追いかけて電話をかけた。




「そうですかー、そんなもんがありましたかー!うひゃひゃ」


電話を耳から離したいぐらいのデカイ声が響く。

「で、私はどうしたら・・・」

「や、何も見なかったことにして、それでいいんじゃないですかぁ」

「もしも本気だったら・・」

「離婚の案件はいーっぱいやってますけどね、死ぬ死ぬ、と言う人はいますけど、

死んだ人はいませんよ」

どこかで聞いたようなせりふだ。


「だけど万が一、ってことが・・・」


するとラテン弁護士は、さらに声を張り上げて言った。


「上等上等。死んでもらえばいいじゃないですかぁー。あははーーー!!」


そして少し間をあけて

「でもそれはあなたのせいじゃないですから。法律的にも、人間的にも」




私一人だと呼吸が浅くなって、悪いほうへ悪いほうへと際限なく考えが転がってゆく。

ラテン弁護士は、そんなパンパンになった私のガスを抜いてゆく。


そのあとも、何度か事務所で会い、電話もしたいときにした。

2回目からは料金を払ったけれど、ほんのわずかしか受け取らず、

いくら電話をしても、その料金はいっさい取らないのだった。



結局弁護士をたてるようなことにはならなかったけれど、

あのラテン弁護士にどれだけ救われたかしれない。

それをいうなら、現場から電話した友人にも、

ラテン弁護士を強引に紹介してくれた友人にも。


さらには、突然現れた「新しい人」がいなかったら、情にほだされて

私は離婚をすることができなかったのではないかと思う。



出会うべきときに、出会うべき人に出会う。


それは紛れもない真実。


なんと多くの人の助けがあって、今の自分があるだろう。










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ラテン弁護士 その1

2015-01-21 16:15:11 | 人生で出会った人々
人との出会いは、まさに絶妙のタイミングで、

必要なときに、必要な人に出会えるようになっている。


10年余の結婚生活に突然疑問を感じたのは40才になろうかというときだった。

理由はありすぎるほどあった。

結婚したその日から、夫婦生活が1度もなかった。

相手はものすごく気難しい人で、喧嘩をすると何日も口をきかず、

私はそれが嫌なために、相手を怒らせないように細心の注意を払いながら生きていた。

くさいものには蓋をして、ひたすら波風がたたないようにしていた。

どうしてそんな生活が10年も続いたのか、そのほうが不思議なのだが、

その理由もいろいろあった。

もしも母だったら我慢するだろうと思ったし、こんなことに耐えられるのは私ぐらいしかいない、という方向に

気持ちのベクトルが向いていたから、

我慢すればするほど、私は自分がエラクなったような気がしていたのだと思う。



とにかく、ある日突然、これはおかしい、と思った。

いったん気づいてしまったら、気づく前には戻れない。

友人が、夫だった人が女性と腕を組んで歩いているのを見たよと教えてくれたとき

私は何の感情も沸いてこなかった。悔しくもなし、怒りもなし。

ああもうこれはダメだな、と思った。


ちょうどそんなとき、彗星のように「新しい人」が現れて、私たちは急激に惹かれあった。

私はさっさと古い結婚にケリをつけて、その「新しい人」と新たにやり直したい一心で

懇願する相手を振り返りもせずに家を出た。


そのあとは、離婚したい私と、離婚したくない相手との神経戦だった。


一人の友人が、弁護士を間に入れたほうがいい、と助言してくれたけれど

弁護士料もばかにはならないし、そこまでしなくてもいいと思ったので渋っていた。

友人はあきらめず、半ば強引に知り合いの弁護士を紹介してくれた。

「ただ話を聞いてもらうだけでいいんだから。お願い」

友人の熱意に押されもし、じゃあ話を聞いてもらうだけなら、とその弁護士のドアをたたいたのだった。



年の頃は50代半ば。

元気がよくて声が大きいその弁護士は、笑顔で私を迎えてくれた。

一通り、いきさつを話すと、その弁護士は開口一番言った。


「なんとまあ希薄でお粗末な夫婦関係ですなぁー」


その言葉が、ストンと腑に落ちた。

まさにそうなのだ。

結婚するまでに5年、結婚してから11年、つごう16年も私と相手は一緒にいたのに、

私たちは一切相手と向き合うことをしてこなかった。

それはそのまま、自分と向き合うこともしてこなかったのと同じ。



帰り際、お金を払おうとすると、弁護士はおおげさに両手をふって

「ま、今日のところはいいからいいから。次のときでいいからいいから。ぶはははーー!」

ひたすら明るく元気なラテン弁護士は、ドアまで私を送ってくれて、

両手でピースサインをしながら笑顔で見送ってくれた。




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サイエンス

2015-01-21 10:50:25 | 日記
夫の友人に、フォトグラファーがいる。

その人が、新しい試みを企画しているので実験台になってほしいというので出かけた。



ガレージの前におかれたテントは、現像用。


中はこんなふうになってる。


何をやろうとしているのかというと、

撮った写真を金属の板に現像しようというのだ。




一生懸命説明してくれるんだけど、科学も化学もまったーーーくわからん。

ただ、この鼻にツンと来る匂いは、昔テレビ局で働いていたときの暗室の匂いと同じ。

画面に映る文字を現像していたのだけれど(パソコン導入前の話)、写真の現像と理屈は同じなのかもしれない。




ここで座って写真を撮る。

じっとしている時間は3秒から6秒。


できあがった写真は、

白黒で、セピア色で、金属板の質感がブリキのようで、

まるで100年前の写真のようだ。

普通の写真と同じぐらいの大きさの金属板に現像したけど、

もっと大きなサイズに現像したら、広告やアートとしておもしろいかも。

試作を繰り返したら、この技法で売り込みをするのだそうだ。






せっかく来たので、友人宅のプールでひと泳ぎ。



うまくいくといいがなあ。




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みそカップ

2015-01-17 23:06:09 | 食べ物とか
風邪をひいていた間、毎朝味噌汁を食べていた。

前後して夫も風邪引きだったので、二人で風邪用の食事。

具合が悪くなると、まずコーヒーを飲みたくなくなる。

普段は何種類かのフルーツとヨーグルト、コーヒーに納豆。

風邪用の朝食は、何種類かのフルーツはそのまま、味噌汁と日本茶になる。

しかもその味噌汁には、生姜をおろしたのをたっぷり入れる。

私には生姜神話があって、生姜はとても身体にいいと信じている。



最初は鍋で味噌汁を作っていたが、そのうちにみそカップを発明(?)した。

そばちょこに、ネギの刻んだのをたっぷり入れる。

味噌をスプーンに軽く1杯と、顆粒の出汁を少し、

生姜をおろしたのをたっぷり入れて、沸かしたお湯を注ぐ。

鍋を洗う手間もないし、量もちょうどいい。

「あー、やっぱ日本食だねえ」

と、日本人でもない夫がしみじみと言い、みそカップをすする。

余談だけど、生姜をおろすのは日本から持ってきたセラミックのおろし器が一番。

日本ってほんと、いいものいっぱいあるワ。



今朝はだいぶ元気になってきて、それでもまだ味噌汁。

元気な証拠に、たまごの味噌汁を食べたいと夫が言う。

別鍋でお湯とお酢でポーチドエッグを作ってから、

そばちょこに入れ、味噌汁を注ぐ。

母は忙しかったし、家族も多かったから、卵をそのまま味噌汁に割っていたけど、

白身がバラバラに広がってしまう。

それはそれで懐かしい母の味。





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