太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

もよおすスイッチの私の見解

2022-02-22 08:32:32 | 日記
ビロウな話。
お食事中の方はごめんなさい。








本屋に行くと、トイレ(便意)に行きたくなる人が多いらしい。
それは「青木まりこ現象」という名前までついているほどだ(本屋で便意を感じるという投稿を、30年前に最初にした人の名前)。
なぜ本屋でもよおすのかは、インクに含まれる化学物質ではないかとか、本を選ぶリラックスさが副交感神経を刺激するのでは、などと言われているが、
実際のところは解明されていない。
便秘の人のために、本屋の匂いのスプレーを売り出した企業もあるというから、
よほど多くの人が本屋でもよおしているということなのだろう。
ハワイに1件しかない本屋には英語の本ばかりなので、私が行っても長居することがないのでわからないが、
日本で本屋に行ったときのことを思い出しても、とりたてて便意をもよおしたことはなかったと思う。


しかし、私は個人的見解を述べたいと思う。
それはインクのせいでも何でもなく、ただの条件反射である。


私がもよおしてしまうのは本屋ではなく、ある日本食スーパーだ。
そこは週に1度行くのだが、たまたま、買い物中にトイレに行ったことがあり、それからというもの、そこに行くたびにもよおすようになってしまった。
家を出る前と、車に乗っているときに、まったくトイレに行きたい衝動がないことを確認しても、
店内に入り、数分もしないうちにそれは突然やってくる。

これはまさしくパブロフの犬。
ここに来ると、もよおすスイッチが自動的に入ってしまうのだと思う。
別に、トイレに行けばいいだけの話なんだけれど、この連鎖をどこかで断ち切らない限り、終わらないような気がする。

そういえば、以前、夫と二人で朝のウォーキングをしていた頃、ある場所に来ると夫がもよおすようになり、
その時から、その場所がもよおすポイントになってしまったことがあった。
出かける前にトイレに行っても、だめ。
その場所の手前では何ともないのが、そこに差し掛かったとたんに、来る。
そのために、夫はウォーキングのコースを変えた。



そのポイントでもよおす、という過去の記憶(あるいは人から聞いたこと)という心理的なものが、脳に指令を送っているのではないか、というのが私の見解なのである。






ハワイ語

2022-02-21 08:32:22 | 日記
ハワイ語をまったく知らないと、ハワイでの生活はちょっと不便になる。
会話の中に、レストランのメニューに、公の掲示物にもハワイ語が普通にはさまっている。


DRIVE  AKAMAI

フリーウェイの電光掲示板。
AKAMAI(アカマイ) というのは、賢いという意味で、
今年に入ってからの交通事故による死者数が多いので、運転には気を付けようということ。

レストランのメニューを広げると、

PUPU

と出てくる。ププは前菜という意味。
「今日は簡単にププにしよう」と家でもよく使う。


私有地に立っている看板には  KAPU  と書いてある。
立ち入り禁止という意味だが、知らない人には意味のない看板。


パウ?」
職場でよく聞く。
パウは終わるという意味で、この作業は終わったかどうか、と聞いているのだ。


夫の両親がハワイに移住したきたばかりの頃、車で出かけた先で道に迷ってしまい、通りかかった人に尋ねたら、

「That is more west,You go MAUKA

「マウカ?」

「Yup, mauka mauka」

マウカというのは山側のことで、海沿いじゃなくて内陸に向かって行け、ということなのだが、当時の義両親にはさっぱりわからなかった。


コンサートに行けば、最後に

ハナホウ

と叫ぶ。アンコールという意味。



ワヒネ は女性、カネ は男性。バスルームのサインに書かれている。
ケイキは子供で、小さいサイズのカップなど、ケイキサイズと言うこともある。


エ コモ マイ はようこそ、いらっしゃいませ、という意味。店の入り口によく書かれている。

アロハ や、マハロ(ありがとう)はもう日常語。



ハワイ語の音は耳に優しくて、それは濁音がないからだけではなくて、言葉そのものに柔らかい振動があるように感じる。
カタカナ発音だから、日本人にとっては簡単なのもすばらしい。
もっとハワイ語が使われるようになったらいいなと思う。






ANDY'sでサンドウィッチ

2022-02-18 15:58:43 | 食べ物とか
マノアに美味しいサンドウィッチの店がある、と夫に聞いたのはずいぶん前のことだ。
マノアは、夫が中学から大学まで通ったところで、そのうちの数年間は住んでいたこともある。
私は日本人だからか、「おにぎりが食べたい」と思うことはあっても、
「サンドウィッチが食べたい!」と思うことはあまりない。
だから、「へえ、そうなんだぁー」と聞き流していた。

その店はANDY'sといって、おやじさんのアンディが一人ですべてのメニューを作っている。
7th days Adventist(日本語でなんというのかわからないがキリスト教のひとつの流れ)を信仰しているアンディは、宗旨により体にいい食べ物を選んでおり、
早朝からサンドウィッチに使うパンから手作りし、スコーンやマフィンなども一人で焼くそうだ。

店は土日が休みなので、今まで私は行くことができなかったのだが、
金曜日が休みになり、夫が張り切って連れて行ってくれた。



こんな小さな店なのに、お客が引きもきらず。
サンドウィッチの種類はものすごくたくさんあって、迷う。

ツナメルト
たっぷりのスプラウトに、ジューシーなツナと、溶けたチーズ、マッシュルーム。
ターキー
ターキーのフィレと、たっぷりの野菜、トマトなどがぎっしり。

うわ、食べきれるか、と思うけど、これがぺろりと食べられてしまう。
このボリュームなのに、野菜がたくさんで、パンは軽く、食べたあとお腹が重くならない。
こんなにサンドウィッチが美味しいと思ったのは、たぶん初めてだと思う。

スムージーも美味しいよ、というので、イチゴのスムージーを頼んだ。
スムージーってお腹にもたれて飽きてしまうことが多いけど、これも飲み切った。

以前は店内で食べられたらしいけど、今はテイクアウトのみ。
向かい側が消防署で、そこに芝生の庭があったので、木の下でピクニック気分で食べた。

「あ、あれがアンディだよ」

店の裏口から、エプロンをしめた小柄なおやじさんがひょこひょこと出てきた。
ポルトガル人なのだろうけど、顔はアジアぽいので、いろいろ混ざっているのかも。
この小さなおじいさんが、早朝からパンを焼いているのか。
夫が来ていた30年前は、もっと若かったのだろうけれど。

おじさん、身体に気を付けてずっとサンドウィッチを作り続けてね

思わず手を合わせたくなるほど、アンディは小さく見えた。


お米の国の私が、すっかりこの店のサンドウィッチの虜。
来週の金曜日も、ぜひ来よう。




ルイヴィトンの靴

2022-02-17 21:01:38 | 日記
結婚式によばれた翌日、(「ロイヤルハワイアンホテルで結婚式」の記事はコチラ)二人の同僚に別々に言われた。

同僚1「ねえ、昨日履いてた靴、ルイヴィトンだよね?」

同僚2「シロの靴がルイヴィトンだったって、僕のガールフレンドが言ってた」

もちろん即座に否定した。
ルイヴィトンであるはずがない。
1回こっきり身に着けるだけだからと思い、
あのドレスもバッグも帽子も靴も、みんなひっくるめてアマゾンジャパンで購入したもので、靴だって、たぶん3000円ぐらいの安物だ。

「えー、だって靴の裏がだったよ?」

ルイヴィトンの靴の裏が赤いなんて初めて知った。家に帰って靴の裏を見たら、確かに赤かった。
あの靴はルイヴィトンもどきにデザインされていたのかも。


幸いなことに、私はブランド物に興味がない。
目玉が飛び出るような高価なバッグや靴が欲しいのに買えなかったら、それは悲しいことじゃないか。
欲しいのに買えないものを誰かが持っていたら、ストレスじゃないか。

ブランド名が見えるようについているそれらは、私にとってはPumaとかAdidasとかAsixといったスポーツブランドと同じだ。

高価なものを持っている自分が好き、そういう自分を見せたい

その気持ちはわからんでもない。
二十歳ぐらいの頃、renoma(若い人は知らないだろね)の巾着型バッグが欲しかったもんなぁ。
時はバブル。お金持ちの娘と張り合って、カード破産しかけた同僚のH子。「ちょっと出てきまーす」とか言って2時間後にサンローランやディオールの紙バッグを抱えて戻ってくる、図太い神経のH子は、全身ブランドで固めていた。
当時、月に50万円のお小遣いを父親からもらっていたというお金持ちの娘と、普通の家の娘のH子が張り合えるはずもない。
TVスタジオの隣の控室で、H子のおさがりのブラジャーを3000円で買わされそうになったことがある。
でも、H子のおかげで私はそのあとブランドものに走ることはなかった。


最初の結婚時、家の新築披露に、義理の兄夫婦を招いたことがあった。
義理の兄は地味で堅実な人だが、兄嫁がブランド好きで、車はBMW、家具もイタリアの高価なものを揃えていた。
BMWから颯爽と降りた兄嫁の服装を見て、私は驚いた。
ジャンプスーツというのだろうか、上下一体型のパンツルックで、全身に斜めに

FENDI  FENDI  FENDI  FENDI  FENDI

という、でかい文字がたすき掛けのように、いくつも全身に印字されていた。
まるで包装紙だ。

「昔さ、企業名をプリントした汗止め(テニスプレーヤーがつけているようなの)を毎日身に着けるだけで、年間2000ドルぐらいもらえる、ていうのがあったよ」

というのは今の夫の話。
その真偽のほどはわからないが、あのときの兄嫁はFENDIからお金をもらってもよさそうなものだ。


とにかく、私がブランド好きじゃなくてよかった。
以前、ある女性がひったくりにバッグを盗られて、そのあとで中身だけが抜かれたバッグが発見された。
しかし、そのバッグはエルメスのなんとかという100万単位もするバッグで、
中身なんかどうでもいい、バッグが戻ってよかったと女性が言ったという話がある。
ひったくり犯は、そのバッグの価値などわからない、私のような人だったのだろう。







若いってことは

2022-02-16 08:04:09 | 日記
もうだいぶ前のことだから、記事にしてもいいと思う。

姉が勤めている病院に新規の患者さんがあって、その方の名前が学生時代の教師と同じだったという。
同姓同名の人なんだなと思って病室に行くと、まさにその先生だったそうだ。

私と姉は同じ中学・高校に通っていたので、私もよく知っているが、鬼婆的な怖くて有名な先生だった。

姉は何も知らないふりをして仕事をし、病室を出ようとしたとき、先生が言った。

「あの、もしかしたら〇〇の卒業生の方?」

姉はもうびっくりしてしまった。
マスクをしているし、姉が卒業してから40年あまり経っているし、教え子の総数を思えば、どうしてそのうちの一人の顔を覚えていられるだろう。
互いに泣きながら話をしたそうだ。

御年90歳を超えていらっしゃる。
「みんな私のことを嫌っていたでしょうねえ。だけれども、どの子もとても良い子ばかりでしたよ」
穏やかな表情でそうおっしゃったそうだ。
私の父が80を過ぎてから入院したときは、環境の変化のために頭が混乱する「せん妄症」になってしまい、大変だったのに。

姉はこのことを同級生に話したくてたまらないのだが、病院には守秘義務があるので言うこともできず、日本にいない私に話してくれたというわけ。


ひとしきり、その話を堪能したあと、

「ちょっと待てよ?てことは、私たちが学生だったあの時には、
今の私たちよりもずっと若かったってこと?

という事実に気づき、これに愕然とした。
あの頃、私たちにはお婆さんに思えたけれど、せいぜい50代の半ばぐらいだったのだ。
若い人にとって、年上の人の年齢などどうでもいいことで、
親ぐらいの人たちは、ひとからげで「年寄り」ということになっていた。
若作りしてヘラヘラしている私は、きっと若い人には完全に「年寄り」なんだろう。
因果は巡る。
それはわかっているけれど、若いってことはなんと残酷なことであろうか。