伏見区桃山町の大善寺から許波多神社へ。
隣の宇治市から車で10分もかからず到着。
許波多神社は他に隣接する五ヶ庄という地区にもありますが、
今回は木幡の方を参拝することにしました。
名神大社ということであるが果たして。
所在地:京都府宇治市木幡東中1
御祭神:天忍穂耳尊、天照大御神、天津日子根命
創建:(伝)大化元年(645)
社格:式内社(名神大社)、郷社
【由緒】
社伝では大化元年(645年)皇極天皇が夢で、
「吾れ天神故に下土に神陵なし吾が霊を祭祀し給へ」とのお告げを受け、
中臣鎌足に命じ木幡荘に社殿を造営させたと伝えられる。
壬申の乱を前に大海人皇子が大津宮から吉野に向かう際、
社頭に柳の枝を挿して「我に天位を践まば、この柳、芽を出すべし」と、
戦勝を祈願した。
大海人皇子が即位すると柳の枝が芽を出したことから、
天皇は霊験を賛えて柳大明神の名を贈り、社領を寄進したという。
応保年間(1161-1163)に柳山から現在地に分祀されたと伝えられる。
明治41年(1908)に旧河原村の田中神社を合祀した為、
同社の祭神であった天照大御神、天津日子根命も祭神としている。
境内には狐塚と呼ばれる宇治陵第36号墳墓があり、
藤原基経の墓と伝えられている。
【一の鳥居】

普通の住宅街に神社があるようです。
先に進むと神社専用の駐車場がありません。
近くに有料駐車場も無いので、
参道一番奥に何とか停めました。
【宇治陵第36号墳墓】


宮内庁が管理しているようですね。
日本初の摂政関白太政大臣藤原基経の墳墓とか。
墳墓だけあってこの回りは少し暗い雰囲気ですが、
近所の子供達は気にすることもなく無邪気に遊んでいました。
【二の鳥居】

【拝殿】

【中門・透塀】

【狛犬】

【本殿】

【境内社】


神社全体的に少し殺風景な雰囲気の神社ですね。
【くすのき】

樹齢150年。
宇治市名木百選に指定されている。
宮司さんがいらっしゃったのですが、
本殿で何かされていましたので、
御朱印の有無は確認していません。
ネットで調べる限り御朱印は無いようです。
五ヶ庄に鎮座するもう一つの許波多神社には御朱印はあります。
御朱印目当ての人だったらここでは無く、
あっちに行ってますね。(苦笑)
隣の宇治市から車で10分もかからず到着。
許波多神社は他に隣接する五ヶ庄という地区にもありますが、
今回は木幡の方を参拝することにしました。
名神大社ということであるが果たして。
所在地:京都府宇治市木幡東中1
御祭神:天忍穂耳尊、天照大御神、天津日子根命
創建:(伝)大化元年(645)
社格:式内社(名神大社)、郷社
【由緒】
社伝では大化元年(645年)皇極天皇が夢で、
「吾れ天神故に下土に神陵なし吾が霊を祭祀し給へ」とのお告げを受け、
中臣鎌足に命じ木幡荘に社殿を造営させたと伝えられる。
壬申の乱を前に大海人皇子が大津宮から吉野に向かう際、
社頭に柳の枝を挿して「我に天位を践まば、この柳、芽を出すべし」と、
戦勝を祈願した。
大海人皇子が即位すると柳の枝が芽を出したことから、
天皇は霊験を賛えて柳大明神の名を贈り、社領を寄進したという。
応保年間(1161-1163)に柳山から現在地に分祀されたと伝えられる。
明治41年(1908)に旧河原村の田中神社を合祀した為、
同社の祭神であった天照大御神、天津日子根命も祭神としている。
境内には狐塚と呼ばれる宇治陵第36号墳墓があり、
藤原基経の墓と伝えられている。
【一の鳥居】

普通の住宅街に神社があるようです。
先に進むと神社専用の駐車場がありません。
近くに有料駐車場も無いので、
参道一番奥に何とか停めました。
【宇治陵第36号墳墓】


宮内庁が管理しているようですね。
日本初の摂政関白太政大臣藤原基経の墳墓とか。
墳墓だけあってこの回りは少し暗い雰囲気ですが、
近所の子供達は気にすることもなく無邪気に遊んでいました。
【二の鳥居】

【拝殿】

【中門・透塀】

【狛犬】

【本殿】

【境内社】


神社全体的に少し殺風景な雰囲気の神社ですね。
【くすのき】

樹齢150年。
宇治市名木百選に指定されている。
宮司さんがいらっしゃったのですが、
本殿で何かされていましたので、
御朱印の有無は確認していません。
ネットで調べる限り御朱印は無いようです。
五ヶ庄に鎮座するもう一つの許波多神社には御朱印はあります。
御朱印目当ての人だったらここでは無く、
あっちに行ってますね。(苦笑)