近代秀歌と現代秀歌を読み終えて、今は「宮柊二全歌集」を図書館から借りて読んでいます。大正元年生まれの歌人ですから、旧仮名遣いで旧字も多く、なかなか難しいのです。まず、古語を知らないと、どこをどう切って読めばいいのかがわからない。
60過ぎて、自分の教養のなさにがっかりします。これでも、文学はかじっていたつもりだったのに。昔の人特に近世の人、例えばあの松尾芭蕉などは、漢文ももちろん、ものすごく教養があり、和歌もよくわかっているからある意味パロディっぽく俳句を詠むこともできるし、文章も昔の逸話なども前提にして書いているのです。それは当然のことだったのでしょう。源氏物語を書いた紫式部も、兄弟の手習いに交じって漢学を身につけたのです。それは特例で、一般的には「女は学ばなくていい」という考え方がはびこっていました。
今の時代、私たちはどれだけの教養を身につけているでしょうか?教養とは、ものの考え方の基礎になる部分です。何ごとも、基礎がなくては高い所まで届くことができません。いまさらながら、いままでもっと学ぶべきだったと後悔しています。でも、いつからでも遅くはないはず。間に合わなくても学ぶことは大切。
私は子供のころ、父の書斎で本を読むのが好きでした。どこかのシリーズで与謝野晶子のみだれ髪などの初版本復刻があって、好きに読みふけっていました。それと、岩波古典文学大系もそろっていて、図書館に行かなくても読めた。ああー、もっともっと読んでおけばよかったです。
ただ、歌人が多く輩出している大学で学んだことはムダではなかったはずと思いたいです。
本当に漢字は難しい。俳句を勉強し始めて、そう思いました。旧字を覚えるのも大変でした。だいたい、躑躅を漢字で書けます?どうみても、髑髏みたいに見えてしまって・・・。字がごちゃごちゃ詰まっている様子がそっくりですよね!?麻生太郎氏は未曽有を読めなかったし、内閣のメンバーに漢字テストしてみたいなあ。