原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

中高生時代に将来やりたいことがある子なんて、ごく少数派では??

2021年06月24日 | 教育・学校
 冒頭から、朝日新聞2021.06.21付記事「今子どもたちは 大学へ行く意味は?質問にドキッ」の一部を以下に引用しよう。

 
 「大学へ行く意味って、なんですか?」
 某中学校で5月の中間テスト前に5日間開かれた「無料自習室」に参加した中3の女生徒レイカさんは、大学生のチューターにそう聞いた。
 私立女子大1年生の某さんは、ドキッとした。 そんなことを考えたことがなかったからだ。
 コロナ禍で失業する人もいる時代だ。 
 保育士の母のように手に職をつけることを優先するなら、普通科よりも商業科へ進む方がいいかもしれない、と最近思う。 でも、兄のように大学を目指すなら普通科。 レイカさんは成績も悪くなく、部活の部長も務める。 母は「大学ぐらいは出ておけば?」というが、「私の心は揺れています」。
 某さん自身は特にやりたいこともないままに勉強し、第一志望に落ちて、私立高校から大学へ進んだ。
 「やりたいことがないという思いはわかる」と応えた。

 (以下略すが、以上、朝日新聞記事より一部を引用したもの。)



 私事に入ろう。

 私が進学した高校は、県内最長の歴史を誇る由緒ある元名門女学校だった。
 既にバックナンバーでも記載済みだが、私自身はその高校へ特段入学したかった訳ではなかった。 単に成績が満たされていたのと、当時は成績優秀な女子は必ずその高校へ行く!なる、世の取り決めのようなものが存在した。
 しかも我が出身郷里は過疎県。 元々高校数が少なく選択肢の幅がごく狭かった。 
 まあそれでも高2の秋頃までは未だキャピづく少女だった私は、級友たちとそれなりに仲良くしつつ勉強にも励んでいた。

 自己の進路を明確にするべく高2の秋頃になり、私は自分の進路を「理系」と定めた。 これは特に英数の成績が良好だった故であり、特段将来の職業目的を定めてのことでは決してなかった。
 参考だが高1時点で校内成績上位につけていた私は、担任から「理系を選択するならば思い切って医学部医学進学過程(医師になるコース)を目指したらどうでしょう」とのアドバイスを受けていた。 
 このご意見ありがたくはあるのだが、まさに当時の私には“将来やりたいこと”の欠片もなかったのが事実だ。 それに加えて「医師」に関しても、そんなもの私やりたいかなあ??  程度の感想だったのが正直なところだった。

 高2の秋以降、学校から具体的な進路を迫られ始めた頃。
 我が愚かな親どもが「将来は手に職をつけて働いて生きることを視野に入れるように」なる、私自身の意思をまるで無視した指導が出始めた。
 この頃から精神不安定状態に襲われた私はその後過食症気味になり、学習が全く身につかない状態に陥った。
 何だか何もかもが嫌になり、将来を見つめるなど他人事 だった。
 周囲を見回すと、とにかく県内の名門家子女が集合したがごとくの我が高校在学生女子の多くが、どうやら阪神地方や東京の名門女子大を目指している様子だ。 (いいなあ、私も東京の女子大にでも入学してキャピキャピと遊んでで大学生時代を送りたいなあ~~。)そんな不毛な発想が浮かぶばかりだ…

 結果としては、私の場合は高2まで真面目に勉学に励んだ“貯金”がものを言って地元国立大学医学部パラメディカル分野への合格が叶い、そこに進学したとのいきさつだった。

 今思えば、これが大正解との結論に至っている。
 医学部パラメディカルコースにて素晴らしき恩師に出会え、在学中にとことん教育していただけたお陰で。 私は社会進出後、その医学分野にて自身の業績を残せたと自負できる立場でもある。

 その医学分野での稼ぎにより後に更に異なる分野の学業にも励み、現在に至っている私でもあるが。


 
 最後に私見の結論に入ろう。

 表題に、「中高生時代に将来やりたいことがある子なんて、ごく少数派では??」と掲げたが。
 まさにそれぞ世の常であり、むしろ世襲等々で生まれた時から将来の職業が決定している、なる子供たちこそが例外的存在であろう。

 この現実を考察するに。

 中高生時点で「将来やりたいことが無い」子供たちの方こそが、むしろ将来の職業選択に於いて自由度が保証されているのではあるまいか?