たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

『戦火のなかの子どもたち』

2022年03月22日 01時57分55秒 | いわさきちひろさん



「赤いシクラメンの花は

 きょねんもおととしも そのまえのとしも

 冬のわたしのしごとばの紅一点

 ひとつひとつ

 いつとはなしにひらいては

 しごとちゅうのわたしとひとみをかわす。


 去年もおととしも そのまえのとしも

 ベトナムの子どもの頭のうえに

 ばくだんはかぎりなくふった。


 赤いシクラメンの

 そのすきとおった花びらのなかから

 しんでいったその子たちの

 ひとみがささやく。

  あたしたちの一生は

  ずーっと せんそうのなかだけだった。」


「絵本にそえて いわさきちひろ

 ベトナムでは長いこと戦争がつづいておりました。いまだってほんとうは戦争はおわっていないのです。アメリカの爆弾が、おとなりのカンボジアの国にまでおとされているそうですから。

 わたしは日本の東京のせまい仕事場で、それらの戦争のことと、わたしの体験した第二次世界大戦のことを、こころのなかでいつもダブらせてかんがえていました。

 戦場にいかなくても戦火のなかでこどもたちがどうしているのか、どうなってしまうのかよくわかるのです。子どもは、そのあどけない瞳やくちびるやその心までが、世界じゅうみんなおんなじだからなんです。そういうことは、わたしがこどものための絵本をつくっている絵描きだからよけいわかるのでしょうか。」


Wishing peace and happiness for all the children of the world.
―Chihiro Iwasaki

May the day come as soon as possible that no child in the world is ever deprived of a future for any reason.

「世界中のこども みんなに 平和としあわせを」
―いわさきちひろ

すべての子どもの未来が、いかなる理由であろうと奪われることのない世界が一日もはやく訪れますように。


ちひろ美術館公式ツィッターより、
https://twitter.com/ChihiroMuseum/status/1498112029517053955




ちひろさんの、こどもたちの幸せを願う声が世界中にとどきますように・・・、

ただただ祈る。








『地球の歩き方'07-08-スイスアルプス・ハイキング』より-「スイスの核シェルター事情」

2022年03月21日 16時18分29秒 | 本あれこれ
「永世中立国を宣言しているスイス。真っ白なアルプスと緑の牧場、お花畑などを眺めていると、この国だけは戦争などとまったく無縁のような気がしてきまあす。しかし、公共施設の場合は原罪も、一戸建てや集合アパートなど民間住宅の場合はつい最近まで、100%義務付けられていたのが核シェルターの設置です。

 では、実際に中がどんな状況になっているかご案内しましょう。私の住んでいた集合住宅の場合(地上4階建て、全部で12戸)、地下1階がシェルターのスペースになっています。エレベーターを降りた所が入口。扉は厚さ約30センチのコンクリート製で、中には厚さ1センチほどの鉄板が数枚入っています。ドアにはハンドルのようなものが付いており、潜水艦のハッチのようにグルグル回すと密閉できるような仕組みです。

 次に小さな部屋があって、その隣へも同じようなドアが備え付けられており、そこを入ると少し大きめの部屋になります。そこには簡易シャワーが3つ、簡易トイレが3つあり、棚には非常用の食糧が置かれています。(鍵のかかった箱で密閉されているので中身は何が入っているのか実際にみることはできませんでしたが)。そして空気清浄機、自家発電装置の機械もここに置いてあり、さらにもう1枚同じような扉を通ると広い部屋に出ます(ここまで扉は計3枚)。広さは役50畳くらいの窓のない地下室。万一の場合にはここが避難場所になるのでしょう。

 通常、この地下室は各住人の倉庫として利用されており、木枠で囲ってそこに自転車やスキー、冬用のタイヤなど細々としたものを置いたり、温度や湿度やちょうどよいので、ワイン倉庫や食料貯蔵庫として使っている人もかなりいます。

 実際にシェルターで過ごせる日数は、3~4日が限度という話も聞いたことがあります。最近になり、ようやく新築の個人住宅、アパートには設置義務はなくなり、代わりに公共施設の地下にもっとおお人数を収容できるものが造られるようになりました。」

 スイスの空港はいざという時には、飛行機の滑走路が軍用機の離発着に使えるようになっているとは高校時代に教師からきいた話、大昔のことですが今でもおぼえています。日本はどこまで自国を守れる体制が整っているのでしょうか、話し合いで解決しましょうが通用しないときの備えはできているのでしょうか、コロナではない、高齢者優遇のコロナ対策で脆弱さをあらわにした日本、目の前のことしかない為政者たちによって、その前に自滅ですかね・・・。

The Garden In Winter

2022年03月21日 02時03分59秒 | 『赤毛のアン』
When Autumn Comes
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/319fcf63c79b73da2af8865623f98780




Frosty, white and cold it lies

 Underneath the fretful skies;

Snowflakes flutter where the red

  Banners of the poppies spread;

And the drifts are wide and deep

  Where the lilies fell asleep.


But the sunsets o,er it throw

  Flame-loke splrndor, lucent glow,

And the moonshine makes it gleam

  Like a wonderland of dream;

And the sharp winds all the day

  Pipe and whistle shrilly gay.


Safe beneath the snowdrifts lie

  Rainbow buds of by-and-by,

In the long sweet days of spring,

  Music of bluebells will ring;

Ans its faintly golden cup

  Many a primrose will hold up.


Though the winds are keen and chill

 Roses, hearts are beating still,

And the garden tranquilly

 Dreams of happy hours to be;

In the summer days of blue

  All its dreamings will come true.

  THEPOETRY of LUCY MAUD MONTGOMERYより



冷ややかで白くて冷たい

猛烈な空の下。

雪の結晶が赤いところに羽ばたく

ポピーのバナーが広がります。

そして、ドリフトは広くて深い

ユリが眠りに落ちたところ。


しかし、夕日はそれが投げる

炎のような輝き、明るい輝き、

そして密造酒はそれを輝かせます

夢の不思議の国のように。

そして一日中強風

パイプと笛の甲高いゲイ。


雪の吹きだまりの下に安全に横たわる

どんどんの虹のつぼみ、

春の長く甘い日には、

ブルーベルの音楽が鳴ります。

そのかすかに金色のカップに答える

多くのサクラソウが持ちこたえます。


風は鋭くて寒いですが

バラ、ハートはまだ鼓動している、

そして庭は静かに

幸せな時間の夢。

青の夏の日

その夢はすべて実現します。



 プリンス・エドワード島で購入したモンゴメリさんの詩集より。

 直訳でなんとも味気なく、おそらくニュアンスが違いますが、一応Google翻訳にかけてみました。わからなくても、そのまま味わうのがいいですね。

 プリンス・エドワード島の春は6月、長い冬の間、夢をみるように美しいプリンス・エドワード島の春、そして夏の訪れを待ち侘びながら詠んだ詩でしょうか、わかりませんが・・・。

 
 2010年6月に訪れた春のプリンス・エドワード島は、どこもかしこも『赤毛のアン』に描かれている「輝く湖水」、キラキラキラキラしていました。第二次世界大戦のあと、わたしのようなものでも飛行機に乗って地球の裏側まで旅をすることができたこと、今となっては奇跡のような年月でした。おそらくこの世にいる間、国際線の飛行機に乗ることはもうできません。12年前のことになろうとしています。束の間、夢の中を漂っているような旅の時間でした。







春のプリンス・エドワード島への旅_5日目
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/c5c5799d6722ae857003cf4febdde41d

「これ以上高齢者のために子供や若者を犠牲にすべきではない」世界から乖離した日本のコロナ対応の愚

2022年03月20日 15時30分30秒 | 気になるニュースあれこれ
「 私は本稿で、日本のこれまでのコロナ政策および「コロナ感染対策禍」(決して“コロナ禍”ではない)の最大の被害者となった子どもたち、そして若者たちのことを明確に擁護しようと考えている。いまだ終わらない日本の理不尽なコロナ政策のせいで、若い彼らの貴重な時間がどれほど毀損(きそん)されたか、大人たちは真摯(しんし)に向き合う必要がある。


 コロナ騒動は3年目を迎えたわけだが、日本では小池都知事の「防ごう重症者 守ろう高齢者」のキャッチフレーズに代表されるように、高齢者への徹底した配慮が引き続き求められている。「若者や子どもが外で新型コロナに感染し、それを家庭内に持ち込む」「結果、同居している高齢者が罹患し、重症化したり、亡くなったりする」というストーリーがひねり出され、それが定説のごとく喧伝されてきた。


 「子どもや若者が高齢者にうつす」という設定が政治家や専門家から繰り返し語られたことにより、「帰省禁止」「高齢者施設での面会禁止」「死亡直前の看取り禁止」といった方針が常識のように扱われることになってしまった。彼らが設定したこれらの方針は、2年経ってもおおむね変わらないまま用いられ続けている。


  基本的に、政治家は巨大な票田である高齢者を優遇する政策を掲げる。コロナ対応も同様で、「人命優先」「高齢者を守れ」を錦の御旗に政策を推し進めてきた。そこで割を食ったのが子どもや若者である。


 人間はおおよそ4歳から記憶があるとされているが、現在の6歳児はその記憶のほぼすべてにおいて、他人の相貌が顔の下半分を隠した不自然な姿で残っていることだろう。身内以外の人間については、マスクを着けた姿しか見ていないのだから。子ども向け番組を見ても、芸能人の出演者は素顔ながら、一般人の出演者はマスクをしている。食レポを見ても、食べ物をクチに運ぶときだけマスクを外し、入れた途端にマスクを再び着用している。そんな映像を子どもたちは見続けているのだ。


  大人たちからあらゆることを制限され、我慢することが当たり前の時代に幼少期を過ごした子どもたちは、大人になったとき、どんな社会をつくっていくのだろうか。2019年以前よりもさらに同調圧力が強化され、出る杭は打たれまくる、つまらない社会になるかもしれない。おかしいと思っていることさえ「おかしい」と言えないような、抑圧感の強い社会になっても、あなたは構わないのだろうか? 


  一般的な大学生は入学を機に、それまでの自分史上、最大の自由を手に入れることになる。その時間が貴重なのだ。それなのに、いまの大学生は自由を政治家や文科省、大学当局から取り上げられ、メディアからは「アーッ!  学生風の若い男性が路上飲みをしています!  マスクもしていません!」と揚げ足取りをするように報じられてしまった。ささやかな自由を求めても、SNSに跋扈(ばっこ)する「自粛警察」「マスク警察」の連中から極悪人扱いされ、取り締まり対象のように吊し上げられる。なんと息苦しい大学生活だろうか。


 結局、世間の空気を読みつつ、票田に媚びることしか考えない現政権は、不利益を被っている側が怒りを見せない限り、このままの高齢者重視・若者軽視の政治をやり続けることだろう。もうウンザリだ。」


https://news.yahoo.co.jp/articles/a3a6b9945b5b1d50f207a3b2bf9dbbb808fc07f8?page=1

2022年『メトロポリタン美術館展』-フェルメール『信仰の寓意』

2022年03月20日 01時57分45秒 | 美術館めぐり
2022年『メトロポリタン美術館展』-エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブラン「ラ・シャトル伯爵夫人」
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/a6ad9b0abb244ad613e40282f8fd57ab





ヨハネス・フェルメール
「信仰の寓意」
1670-72年頃
油彩/カンヴァス


(『週刊世界の美術館-メトロポリタン美術館①』より)

「女性はマグダラのマリアを想定しているともいわれ、カトリックの信仰を擬人化して描いた晩年の傑作。頭上のガラス球は心の浄化を象徴し、床に転がるリンゴは原罪を意味する。画中画は画家が所有していた同時期の宗教画家ヨルダーンスの『磔刑(たっけい)』。

 世俗的なものを意味する地球儀を足で踏みしだく女性は、進行の擬人化である。押しつぶされて血を流す蛇は、信仰の勝利を示す。注文主は、裕福なカトリック信者だといわれる。」



(2008年『フェルメール展』公式カタログより)

「『信仰の寓意』はフェルメールの晩年の様式をよく示している。一段と概念化が進み、生硬で、様式化が顕著なのである。1654年のフェルメールのカトリックへの改宗は、『マルタとマリアの家のキリスト』のような物語画を好む初期の主題選択に影響を及ぼしたかもしれないが、この作品は、神学的概念を形象化した彼の唯一の寓意画である。『絵画芸術』にきわめてよく似た構図を採っているが、ここには日常体験と似たものは何もない。描かれているのは、青と白の衣を着て、絨毯で覆われた壇上に腰掛ける女性である。彼女は、右手を胸に当て、天井から吊るされたガラス球を見上げ、右足をヘンドリック・ホンディウスの地球儀の上に載せ、開いた聖書、聖杯、十字架の載ったテーブルにもたれている。彼女の前の大理石の床には、りんごと、重い隅石につぶされた蛇が見える。奥の壁には、ヤコブ・ヨルダーンスの大きな『磔刑(たっけい)』の絵が掛かっている。

 このフェルメール作品の大部分の要素は、彼が1644年のオランダ語訳で知っていたと思われるチューザレ・リーバの『イコノロギア』に由来する。女性のローブの色彩、身振り、聖杯、つぶれた蛇、りんごは、すべてリーバが「信仰」に関連した二つの記述の中で述べている要素である。リーバが説明するように、彼女の身振りは、生きた信仰が心のなかにあることを示す。蛇は、キリストを象徴する隅石によって押しつぶされている。そして、りんごは原罪を暗示する。エディ・デ・ヨンダ(1976年)が最初に気づいたように、銀色の球体は、間違いなく、イエズス会士の著述家ウィレム・ヘシウスの寓意画(1636年)に由来する。この寓意画には、魂を象徴する有翼の少年が十字架と太陽を映すガラス球を持ち上げる様子が描かれている。添えられた詩は、宇宙の広大さを映し出す球体の可能性を、神を信じる心の力になぞらえている。この作品が注文されたものだったかどうかは不明だが、デルフトのイエズス会にフェルメールが関係していたことを考えれば、裕福なカトリックの顧客から注文されたものだと容易に想像できる。しかしながら、この図像がそのパトロンから指示されたというわけではなかろう。独創的で複雑んプログラムからは、《絵画芸術》におけるフェルメールの寓意の使用が思い出される。その上、リーバは言及していないが、フェルメールが付け加えたいくつかのモチーフ(特に、ヨルダーンスの絵画、黒檀の十字架、その背後の金皮革のパネル)は、彼の家財だった。天に向けて視線を泳がす女性の身振りと表情が、イタリア美術、特にグイド・レーニの作品を想起させることを付け加えてもよいだろう。この作品が描かれたのは、ちょうど、フェルメールがイタリア絵画の専門家として仕事をするために1672年にハーグに呼ばれたときのことだった。」


2018年『フェルメール展』-「マルタとマリアの家のキリスト」
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/4746712a778e601285af4899bc7384c1


2018年『フェルメール展』-「マルタとマリアの家のキリスト」(2)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/004cbcaa9ee908f0ba8a519f1a6141fe


2008年『フェルメール展』より-「絵画芸術」(1)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/f2ad501910ac6a4107c16d85d5cfae57

2008年『フェルメール展』より-「絵画芸術」(2)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/11effaddb89f73955d8d35d0079e11a9


2008年『フェルメール展』より-「絵画芸術」(3)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/5fa725d1bb37bf67386419bbc06d6e04


2008年『フェルメール展』より-「絵画芸術」(4)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/6a11dbd3f99f46e068b14aacc150e562

2008年『フェルメール展』より-「絵画芸術」(5)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/63115588370af07835450577c376de8a

2008年『フェルメール展』より-「絵画芸術」(6)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/24dbc7ad3b1b65fbdabfebe193243142











嘔吐など副反応疑い2例、初の報告 5~11歳のコロナワクチン接種

2022年03月19日 15時27分01秒 | 気になるニュースあれこれ
2022年3月18日朝日新聞デジタルより、

「2月に始まった新型コロナウイルスワクチンの5~11歳への接種について、厚生労働省は18日、医療機関から報告された副反応疑い事例が2件あったと明らかにした。嘔吐(おうと)や胸痛などで、報告した医師は「重くない」と評価した。その後改善しているという。専門家らは「情報不足などにより、ワクチンと症状との因果関係が評価できない」とした。

 会合では、モデルナ製の同じロットで3回目接種を受けた69~81歳の女性5人が入浴時に死亡したとの報告が、同一地域からあったことも示された。

 一般的に冬場は入浴時の高齢者の死亡が増える。厚労省は、接種の有無で入浴時の死亡の頻度に明らかな差はないとみているが、次回の部会で具体的な数値を検証するとしている。」

https://news.yahoo.co.jp/articles/5b3746a99e01b3d6d0092576df63213a4e23d755

一般的に冬場は入浴時の高齢者の死亡が増える。厚労省は、接種の有無で入浴時の死亡の頻度に明らかな差はないとみている⇒コロナ死の平均年齢85歳、ワクチンの副反応疑いはこうしてさらっと流して、なぜコロナ死は特別に怖いものであるかのように煽り続けるのか。任意であるはずのワクチンを、自然免疫力が高いとされてコロナ死のリスクはほぼない子どもたちに、なぜ押さえつけてまで接種させるのか?


2022年3月18日どさんこワイド179より、

「札幌で進まない子供のワクチン接種 1回目接種完了「0.6パーセント」の背景を探った

さらに子どもはぐずってしまうこともあるなど接種にかかる時間が長く、一度に接種できる人数に限りがあるのが現状です。

(わたなべ小児科・アレルギー科クリニック   渡辺徹院長)「(ほかの注射でも)大人2がかりで押さえつけて接種する子もいますので。」

https://www.stv.jp/news/stvnews/u3f86t00000d7670.html


 コロナ患者で病院のベッド満杯、コロナのためにベッドあけておかなければならないから緊急性のない手術は何か月もあとまわし(特に整形外科)。こんなことをいつまで続けるのか?それで下の世代の人生がどうなろうといいのか?若年層の自殺者が増えようがいいのか?とにかくコロナ死をゼロにしたいのか?ゼロになるまでやるのか?不老不死を目指しているのか?


2022年3月3日PRESIDENTOnlineより、

「医師・和田秀樹「コロナを2類→5類にしない愚」意固地な人々が日本を停滞させている

 日本は人口の29%以上が高齢者であり、要介護5(ほぼ完全な寝たきり状態)の高齢者が約60万人、90歳以上の高齢者も200万人以上いる。

 年齢や病による体力の衰えもあり、ちょっとした風邪をこじらせて死にいたるリスクの人が極めて多いのだ。とすると、コロナウイルスがいくら風邪程度に弱毒化しても、感染力が強ければ、残念ながらかなりの数の死者が出てしまうことになる。

 毎日、コロナ感染者数とともにコロナ死者数も発表されている。その際、例えば交通事故で亡くなった方でもPCR検査の結果、陽性と確認されれば「コロナ死」とカウントされている。強い感染力のオミクロン株の場合、風邪並みの毒性になっていても普通の病気や事故で亡くなる方(日本では1日4000人近くいる)の1割が感染していれば死者が1日数百人出てもおかしくないだろう。例えば、2月28日のコロナ死者数は238人だった。もちろん少ない数ではないが、そうした背景を考えれば日々の死者数に恐れおののくこともないのではないか。

 コロナでなくても、風邪やインフルエンザでも、あるいは風呂場で溺死するなど事故で亡くなる高齢者も、コロナで現在亡くなっている人数ぐらいはおり、高齢者の中で、死と隣り合わせの高齢者が何十万人もいるという事実は忘れてはならない。」

 「より強毒なインフルエンザがくればインフルエンザでも2類や3類にできる。だから、いったん5類にして、運悪くかなり強毒な変異がおこれば速やかに(この『速やか』ができないのが日本の弱点だが)2類に戻せばいいのだ。

それをいつまでもやらないから、経済は停滞し、弱毒化した割には一人の患者さんにものすごく手がかかるから医療もひっ迫する。」

https://president.jp/articles/-/55216?page=3

1998年宙組『エクスカリバー』より-「未来へ」

2022年03月19日 01時06分53秒 | 宝塚
なつかしの宙組『エクスカリバー』『シトラスの風』
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/cc11bf9fa3f418671d1c9fae287822df

「大宙(おおぞら)の 遥か彼方

 僕を待っている

 冒険が

 地平線 遥か彼方

 僕を待っている 見知らぬ人が

 分かるんだ その時が

 音を立て 近付いて来てる

 いつなのか 知らないけれど

 確かに訪れる

 生きていく 旅が

 広がる大宙(おおぞら)に

 希望の翼 そっと広げて

 僕は羽ばたこう

 風の波に乗り 雲の海渡り

 星を追い駆け 太陽を背にして

 翔ぼう

 時の彼方へ 未来へ
 
 翔ぼう

 時の彼方へ 未来へ」


 宙組誕生、ずんこさんの初代トップスター就任を祝って小池修一郎先生が書き下ろした『エクスカリバー』の主題歌、オンデマンド配信された2018年宙組バウホールの収録番組の最後に、キキちゃん、愛ちゃん、ずんちゃん、そらくんが歌っているのをきいて懐かしく思い出しました。今の東京宝塚劇場が建設工事中で、1000Days劇場にて上演されました。2回は観劇したかな。ずんこさんの歌声が脳内再生されました。現実にはない夢と希望がある歌。ずんこさんトップスター時代の大劇場公演は4作品だけ。宙組特集で『激情』が配信されたので1か月間なんどもみようと思います。2回は観劇しました。『激情』の主題歌もキキちゃんたち、歌っています。こうして歌い継がれていることに、胸あつです。

宝塚歌劇の殿堂より_宙組展(1)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/910d59773d505637420b922ca66773f6














「日本のコロナ死者の平均年齢は82歳。そろそろ建前論はやめにしないか?」

2022年03月18日 17時37分35秒 | 気になるニュースあれこれ
「少し前のデータになるが、東京都のモニタリング会議が2021年4月に公表した資料によると、2020年11月1日~2021年3月31日の期間に新型コロナウイルスで亡くなった人の平均年齢は82.2歳である。さらに、亡くなった人の大多数は70代以上の高齢者だ。この数字を見て「寿命が来た」と捉えるのがまっとうだと、私は思う。

だが、多くの人は「とにかくコロナが怖い」という思考が先立つせいか、日本人の平均寿命が女性は87.74歳、男性が81.64歳(どちらも2021年7月、厚労省発表)ということを念頭に置かず、ただ恐怖感しか抱かない。」

https://sn-jp.com/archives/65351


「国立感染症研究所発表
 3月のコロナ死の平均年齢は85歳。

 繰り返します。85歳。」

https://twitter.com/UGinmi

 コロナは特別にこわい病気なので、骨折とかガンとかをのぞいて、直接命をとられるわけではない手術をしてはいけないんだとさ、県からお達しがあったとさ。まだ続くんだとさ。コロナでベッドいっぱいなんだとさ。高齢者の延命のために?下の世代の人生が狂おうがどうなろうがいいんだとさ。いつまでもコロナを特別扱いにして変更しようとしない弊害、コロナのために他の疾患の治療が圧迫されています。こういうことを医療逼迫というのではないでしょうか。なぜマスコミはとりあげない?これがおいしくてたまらない方々がいるのでしょうね。こんなことをいつまで続けるつもりなのか知りませんが、隣から攻められる前に、自ら滅びていきますわな、マジで。数年前に保育園落ちて日本死ねってツィートしたお母さんがいらっしゃったことが話題になりましたが、なんにも変わらないどころか、コロナ対策によって悪化した日本、自爆への道を歩んでいるとしか思えませんわな。

Virtual Tour of L.M. Montgomery's Ontario

2022年03月18日 13時27分20秒 | 『赤毛のアン』
L.M. Montgomery
@LMMontgomeryLSより、

https://twitter.com/LMMontgomeryLS

「“It is always safe to dream of spring. For it is sure to come; and if it be not just as we have pictured it, it will be infinitely sweeter.” 🪴

THE STORY GIRL
While we wait for spring, enjoy this video (via Carolyn Strom Collins, Bernadeta Milewski)」


Virtual Tour of L.M. Montgomery's Ontario by Carolyn Strom Collins and Bernadeta Milewski. Tour inspired by Dr. Mary Henley Rubio.

https://www.youtube.com/watch?v=Grs9VeBqGUA

揺れました

2022年03月18日 00時29分08秒 | 日記
 16日夜の福島県沖を震源とする地震、巨大集合住宅の天井あたりが小さくミシミシと音をたてはじめたとき、最初はまた上の部屋の物音が響いてきたのかと思ってしまいました。なにごと?と思っているうちに横揺れがはじまり、長く続きました。3.11の恐怖感を思い起こさせる、大きな揺れでした。倒れる心配のあるものはないのでリュックサックとスマホをを抱きしめながらおさまるのを待つしかありませんでした。頭の中、パニック。低層階でもこれだけこわいので、高層階はもっとこわいだろうなと想像しました。3.11の時は大会社のぼろビルの6階で揺れました。もうだめかと思った瞬間がよみがえってきてしまいます。揺れがおさまってしばらくすると、ヘリの音がきこえてきたので、被害状況の確認なんだろうと思いました。わたしたちの生活を守るために、時間を問わず働いてくださっている方々がいることに感謝しかありません。わたしが住んでいる地域は幸いなことに停電はしませんでした。停電したエリアに住むヅカファン(主に宙組)は、なんと『デリシュー』のマカロンペンライトが懐中電灯の代わりに役立っているとのツィートをみかけました。値段にひるんでしまいましたが買っておけばよかったかな。

 

 明日は総合病院の予約日。行きたくなくてずっと葛藤していながら結論はだせていません。予想最高気温12度に雨の予報、なにがなんでも体をバスに乗せていくしかないのか、体動かずドタキャンしたらどうなるのか。どうやら医療機関にいくと、強烈なにおいをあびまくって、数日間具合が悪くなってしまいます。先日かかりつ医へ行ったときは、待合室の外で待つようにしてお手洗いも我慢したので、それほどでもありませんでした。ワクワクキャンペーンがいつまで続くのかわかりませんが、終わるまで入院もあり得ないなあと思います。〇クによって亡くなっている人がいることを知っているのかどうかきくことはできませんが、医師をどこまで信じればいいのかも本当にむずかしいです。2か月前に副作用はないとして処方箋をだしてくれた痛み止めの薬、かかりつ医によれば中毒性のある強いもの、うるさいと面倒くさいから出しちゃえって強い薬をだされたんだよとのこと。どちらを信じればいいのかわかりませんが、痛みを麻痺させるのだから弱いはずがないか。食欲は落ちていませんが口がたえず気持ち悪いです。胃にもくるようです。でも頼らざるを得ないので一日一錠にしています。このまま手術をしないでいたら、いつか歩けなくなってしまうのでしょうか。どのみち、とうに終わっています。死ぬまで働かないと生きていけないことが確定しました。まんボウ解除により、高齢者をコロナから守るために?整形外科手術先送りが解除となるのかわかりませんが、生きる希望がないので気持ちがこれ以上続きません。おそらく飛行機にのって地球の裏側に旅立てる日はもう何年も帰ってこないので、この世にいる間にもう一度だけプリンス・エドワード島に行きたいという夢も消えました。一年後このまま日本が無事にあるかどうかもわからないし、自分の命もわかりません。希望は観劇と美術館かな。そのためにもうしばらく生きていなければとは思います。

 この方の医療法人に何百億円と無駄に補助金が流れているとわかっていても、正せる法律がないんだそうです。利権のためにわたしたちの生活をどれだけしめあげてきているのか、子どもたちの二度と戻らない時間をどれだけ奪い続けてきているのか、なんでこんな専門家?に国はお伺いをたてているのかさっぱりわかりません。自浄作用が全く働かなくなっている日本、劣化しすぎ、自滅、希望はありません。

まん延防止、全面解除を決定 尾身氏「感染のリバウンドありえる」
https://news.yahoo.co.jp/articles/0923455167c08bd7e3ee930c74bf1f2f99ebacdc



それでも不安神経症に打ち勝ち、這ってでも病院に行って帰ってこなければならないのか、この後に及んで葛藤は続いています。


ささやかな春の香り。