アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

余計な教育的配慮?(全音版)

2017年04月14日 | ピアノ
シューベルト即興曲op90-3は、うちに転がってた全音版(いつからあるかわからない、買った記憶がない)で練習を始めました。

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弾き始めてしばらく、ちょいと気になったのがこの注釈:


3段目、1小節目の「2)」のところね。ここ、ページ下に、自筆譜ではこの音ではなくて1段目1小節目と同じだよ、って書いてある。

手書きの楽譜なんて読みにくいだろうし印刷やさんだって間違いもするだろうから、楽譜を作るにあたっていつもすべて正確、真実は常にひとつ!! ってわけにはいかないんだろうなとはなんとなく想像もつくんだけど、元々の楽譜がこうだっていうのを知っていながらあえて違う音にして出版するってどういうことなんだろう??

それをshigさんに聞いてみると、
「それはつまりシューベルトじゃない誰かが、この音よりこの音がいいよねと思って書き換えたということだ」
という。なんでそんなことするの? どう弾くのがいいの??
「まぁどちらで弾いても悪いということじゃないけれど、だいたいシューベルトの周りにいた人で音楽理解がシューベルトを越えてた人なんていないんだから(もごもご)」

…とのことだったので、両方で弾いてみてしばし考えて、なんとなく、元からバージョン(つまり1段目と同じ音)のほうが気に入ったのでそのように弾いていた。

でも、このことがあっても、というか、このことがあったから、というか、
「あえて原典と違うことを印刷する場合はそうやって注がついてるもんなのかな」
と思ってしまったがこれはトンデモナク誤解だったらしい。

先日の内藤先生レッスンでは、(私のつたない弾き方だけではなくて)楽譜に書いてあることがいちいち先生の不興を買い(-_-;; 「スラーが違います」「そんな松葉ついてません!!」次々、ってわけで「そんな楽譜やぶって捨ててしまいなさい」とまで勧められる始末。

というわけで家に帰って早速赤い楽譜(ウィーン原典版)をぽちったんで比較を載せておきます。
上記の部分は

…まぁそれはそうだね、でもここは正直に注釈に書いてくれたんでいいかなと思うんですが、

スラーのかかりかたはいろいろ違っていますね。

特に内藤先生が「おこ」になった


こんな松葉は赤い楽譜だと影も形もなくて


「音の方向からいってありえないですよねー」

いったいなんでそんなに元と違うことを書いちゃうのか? というと「まぁ教育的配慮というか」「でも余計なことですね」と内藤先生。

何かしら解釈版を作ろうとする人は、ともかく音楽に(ピアノに)詳しい人なんだろうけど、それで、原典版からでは正しく十分に音楽を読み取れない有象無象のために、代わりに読み取ったあるべき曲の姿を、運指やペダルや強弱を書き加え、スラーをつけかえ、示していく。けどその「解釈」が作曲者自身の記入とごっちゃになって示されてしまうと、ピアノを弾く人にとっては、何が元からの指示(最大限尊重すべきもの)で何が解釈者の指示(解釈者によって異なるかもしれないし間違ってさえいるかもしれないもの)なのかわからない。

書き加えられた指使いとかはありがたく参考にさせてもらってるんだけど。勝手に書き換えられちゃったスラーとかは、それだけ見て練習してたらわからないし、ずいぶん練習しちゃってからだと楽譜買い直しても弾き方直すのはたいへん。

ちゃんとわかるようにわけといてくれたらよかったのに~

私が買ったものでなく実家から持ってきた楽譜はモチロン全音版がほとんどだし、大人ピアノ再開から買ったものも当初は値段重視でチョイスしていたので家には全音版が多い。しかし気に入ってやっぱり弾くとなれば楽譜を新たに買い足さねばならず、それってお金もかかるし置き場所もハバ取る…
(実際には全音版も破って捨ててないので-笑)

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コメント (6)
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