カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

遠い日の少年

2013-10-05 22:43:50 | 即興小説トレーニング
 城下町で開かれている市は盛況のようだった。ここ数年は戦が起きず、作物の出来も悪くないからだろう。
 賑やかに行き交う人々の狭間をのんびり歩いていると、不意に小柄な人影がぶつかってきた。
「あ…… ごめんなさい」
 私の顔を見上げるような恰好で謝ってきたのは、栗色の巻き毛と金茶色の瞳を持つ十歳くらいの少年だった。一瞬だけ掏摸か何かと疑ったが、その割には逃げようともしないし、何より動きが鈍すぎる。
「迷子になったのか?」
 私の問い掛けに少年は戸惑いがちに頷いてから、連れとはぐれてしまって探していると答えてきた。
「それなら一緒に探してあげよう」
 身なりは普通の旅装だが、何となく頼りない印象が拭えない上、良く見ると随分と可愛らしい顔立ちをしている。連れを見付けるまでに変な大人に眼を付けられたら厄介だろう。
 殆ど問答無用で手を握ると少年はやや戸惑いがちに私の顔を見上げてきたが、特に抵抗するでもなく大人しく付いてきた。
「それで、お前の連れの特徴は?」
 私の問い掛けに、少年は笑顔になってはきはきした口調で答えてきた。
「はい、十四才だけど大人びて見える、とても綺麗なひとです。この辺では珍しいかもしれないけど、肩まである深い群青色の髪をしています」
 でも普段はフードを被っているから目立たないですけど。そう締めくくった言葉に、私は遠い日に一度だけ見たことのある群青色の髪をした少年を思い出す。

 あの日、いきなり戦場に現れて悪夢のような殺戮を繰り広げ、私の叔父を殺した漆黒の死神。
 半分叩き割られていた彼の兜の端から覗いた髪は海の色を思わせる深い蒼で、人形のように整った無表情な顔立ちと共に、年老いた今でも忘れがたいほどの印象を私に刻みつけていた。

「…… どうかしましたか?」
 不思議そうに尋ねてくる少年に、思い出の淵に沈みこみかけていた私は我に返る。
「あ、ああ、何でもない」
 そう言えばお前の連れの名前は、私がそう言いかけたとき、少年の表情が喜びに輝く。
 私の手を振り払うようにして相手の名を呼びながら駆け寄る少年。その姿に驚いて見せたのは先程少年が言ったとおりにやや大人びた印象のあるフードを被った少年だった。
「どこへ行っていたんだ、探したぞ!」
 フードを被った少年が叱ると、巻き毛の少年はしょんぼりとうなだれて『ごめんなさい』と呟く。そして次の瞬間私のことを思い出したようにこちらに顔を向けた。
「あの人が一緒に探してくれたんだよ」
 するとフードを被った少年はやや胡散臭げな視線を私に向けてくる。やや居心地の悪い気分に陥っていると、巻き毛の少年の不満げな態度に気付いたのか、表情を改めると一礼してきた。
「この子がお世話になりました」
「いや、大したことはしていないが、あまり目を離さないようにな」
「…… はい」
「ところで、あまり顔立ちが似ていないようだが、兄弟か?」
「…… いいえ、遠縁の親戚です」
 あからさまに詳細を語る気がなさげなフードを被った少年の態度に、私は追究を止める。仕方があるまい、誰にでも、それこそ子どもであろうと個々の事情というものがあるのもだ。
「さあ、いこうか」
 巻き毛の少年を促し、私に背を向けるフードを被った少年。二人を見送る私の背後から、不意に聞き慣れた声が掛かる。
「ご隠居様、あの子ども達が何か無礼を?」
 私の側近として長年仕えてくれている元衛兵長は、かつての苦い経歴から滅多に周囲に心を開かず、周囲に対しても厳しい態度を取るのが常だが、私は軽く否定してみせる。
「いや、あの子が似ていたから、つい声を掛けただけだ」
 すると元衛兵長は納得したように頷きながら珍しく眼を細める。
「おお、そういえばあの栗色の巻き毛、ご隠居様の若い頃にそっくりでしたな」
 あの頃のご隠居様はなどと、いつものように聞き慣れた思い出話を始めた元衛兵長の言葉を聞き流しながら、私はあの日に出会った無表情な死神のことを再度思い出していた。

 どうやらあの死神は、どうにか彼にとって一番大事な相手に再び巡り会えたようだ。
 
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