カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

君去りし春

2013-10-30 23:28:54 | 即興小説トレーニング
 うちのモップ犬、本名もっぷが行方不明になった。

 僕や僕の家族だけではなく、友人も、近所の人たちも、親戚や嫁に行った姉さん、その息子の甥っ子まで、それはそれは必死に探してくれた。
 特に従妹は自分のサイトにもっぷのことを紹介して何件か『こんな犬が欲しい』と問い合わせを受けていたので、自分のせいかもしれないと酷く落ち込んで宥めるのが大変だった。実際、用心深い従妹はそれまで住居やプライベートに関する情報を明確な形でネットに上げたことはなかったし(それは僕とネットジャンキーな友人か確認した)問い合わせしてきた相手も、もっぷが両親不明の雑種犬だと知るとあっさり引き下がったので、関係があるとは思えなかった。

 考えられるありとあらゆる手段を尽くして捜索を続けながら、僕はもっぷが消えた状況に付いて何度も考えた。
 もっぷは基本的に室内飼いで、散歩で近所を歩き回る以外で外にいるのは庭で日向ぼっこやブラシ掛けをしている時くらいだか、失踪直前はリードに繋がれた姿で日向ぼっこをしていた。そして僕がおやつのジャーキーを取りに行って戻ったらいなくなっていたのだ。その間、僅かに数分しか経っていない。しかも、もっぷが暴れたり吠えたりした形跡は一切なく、外されたリードは留め金が掛かったままだったのだ。

 そんなある晩、僕は夢を見た。
 もっぷが、もっぷに良く似た犬数匹と一緒に僕に向かって尻尾を振っていた。
 そうか、迎えが来たのかと思った僕はもっぷに手を振り返してその姿を見送った。その時の僕には寂しさや哀しさよりも、何故か不思議な安堵感に包まれていたような気がする。

 きっともっぷは自分が本来いるべき場所に還ったのだ。僕はそう思うことにした。少なくとも、それはもっぷが酷い奴に誘拐されて酷い目に遭わされているという考えよりも遥かに僕を安心させてくれるののだったのだ。

 やがて月日は流れ、僕は大学を卒業して就職し、幾度かのお付き合いを経て結婚し、家庭を持った。もっぷのことも学生時代の楽しい思い出として記憶の片隅に仕舞い込んでいたある日。

 小学生の息子が『可哀想で見ていられなかった』と毛玉を拾ってきた。初めは何の生き物だか判らなかったがひゃんひゃんと鳴くし、洗いながら毛並みを整えてやると何となく犬っぽい。
 うちで飼っても良いでしょうと行ってくる息子に答えぬまま、僕は毛玉に向かって呟いた。

「おかえり、もっぷ」
『ひゃん』 
コメント