カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

尻尾切り

2013-10-19 18:31:14 | 即興小説トレーニング
 うちのベランダのサッシには初夏から初秋にかけて、夜になるとトカゲがへばり付いている。サッシのガラスが模様入りなので室内は見えないだろうと就寝時までカーテンを閉じないので、部屋の灯りに引き寄せられて絶えずやってくる羽虫を餌にしているらしい。

 友人にはヤモリじゃないのかと言われたときもあるが、腹部が象牙に近い肌色なので多分違う。ヤモリなら『家守』で縁起がいい気もするが、鮮やかな赤い腹がガラスを這い回る図を想像すると、やはりトカゲで良いと思い直したりもする。

 トカゲは一匹ではなく、たまに二匹が思い思いの方向を這い回っていたり、明らかに普段とはサイズが異なる個体が確認できたりするので、たぶん一族というか一家というか、とにかくある程度の群れが存在するのかも知れないが、そうだとしても連中が普段どこで暮らしているのかまでは判らない。何しろ部屋は街中にあるアパートの最上階なのだ。

 爬虫類に特別の嫌悪や恐怖は感じないし、気になるならカーテンを閉めれば良いだけだし、特に害もないしと、普段は全く気にしないのだが、この前、とうとうトラブルが発生してしまった。

 雲が晴れるのを待とうと洗濯を待機していたら夜になっても重苦しい雲が引かず、仕方なく下着や靴下だけでも室内干しにしようと洗濯カゴを片手にベランダに置いてある洗濯機を目指そうとしたとき。
 いつものようにサッシにへばり付いていたトカゲは、いつものようにお食事中だった。普段なら連中がベランダにいる際は非干渉とばかりに放置するのだが、今回は仕方なくサッシを開けた。すると何を思ったかトカゲはサッシが開いた隙間から素早い動きで室内を目指すように動き出したのだ。爬虫類が嫌いではないとは言え、部屋に入り込まれては面倒が発生すると慌てた直後、反射的に手が伸びていた。

 結局、本体ではなく尻尾を叩かれたトカゲはまだ動く尻尾を残してするすると階上に登っていった。どうやら連中の住処は屋上にあるらしいとぼんやり思いながらサッシを閉め、ベランダの隅に置いてある洗濯機に洗濯物を放り込み、スイッチを入れてから洗剤を投入する。やがて洗濯終了のお知らせブザーが鳴り響くまで何となく観察していたが、その日、とうとうトカゲが再び姿を見せることはなかった。

 それ以来、全く姿を現すことが無くなったトカゲに一抹の寂しさを感じはじめたある日。
 再び夜に洗濯をしようとベランダに出たとき、サンダルの底に妙な感触があった。
 何だろうと足を上げると、そこには首を断ち切られた蛇を思わせる姿をしたトカゲの尻尾が貼り付いていた。良く見ると狭苦しいベランダのあちこちには似たようなトカゲの尻尾が数え切れないほど蠢いている。

 どうやら連中は引っ越しを決意したらしい。
 
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