あられの日記

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旧三井家拝島別邸

2014年02月02日 06時00分01秒 | レトロ建築
この三井家の建物は、去年まで公開日に予約制で見学可能の物件でした。手続きが面倒で、いつか~そのうち~と何年もパスしてました。ところが、去年たまたまチェックをかけたらば、見学方法が変更になっていたのです。
すなわち、公開日の公開時間の10分前までに、学園正門に集合する!これだけ。
これはぜひとも見学したい!と。あっこさんを誘って訪問計画を立てたのが去年の10月のことです。ところが、訪問を実行しようとした10月24日(木曜日)、当日は天候が荒れ模様でして延期することに。仕切り直して訪問したのは、11月14日(木曜日)です。
待ち合わせはJR横浜線町田駅。終点八王子駅でJR八高線に乗換えて拝島駅到着。実はこっからが時間との勝負です。なぜなら、集合時間の10時50分まであまり時間がなかったのです。一応拝島駅南口から徒歩20分とあるんだけどね。30分はかかるかも~?なぜって、始めての場所で地図を片手に歩くのは、迷うかもしれんから~。
さて、到着したのは10時45分です。
…見学希望者が多くてびっくりじゃ!何人いるの?20人。いや、30人は軽く集まってるよな。
まあ、待ち時間を利用して軽く撮影しておくか。

この門、金かけてるなあ~。

門の左手に、守衛さんの小部屋があります。(上の画像は帰りにバスの中からの撮影)

つーか、これが学校の正門かよ~~。
あ。
まだ書いてませんでしたね。
旧三井家拝島別邸は、現啓明学園北泉寮なのです。
啓明学園は、敷地面積10万平方メートルもありまして、都内最大級の学校でして、敷地の中には、幼稚園・初等科・中学校・高校まで揃っています。

あ。説明板発見:旧三井家拝島別邸(啓明学園北泉寮) 東京都指定有形文化財(建造物)
三井家の総領である北家当主であった高棟(たかみね)により、昭和2年(1927)に建てられました。客室や居間などの主要部分は、千代田区永田町にあった旧鍋島侯爵本邸の和館を移築したもので、詰め所や台所なを増築して、別邸として整備したものです。
多摩川を望む高台に経つ大規模な和風建築で、広がりのある調和の取れた外観をしています。内部も基本的に和風ですが、客間など一部に洋風の意匠を取り入れた造りとなっています。質が高く、歴史上・芸術上の価値が高いものです。
別邸とはほぼ同時期に建設された正門と、移築前実測具等の建築関係図面は、建築当初の状況を示す重要な資料であることから、附指定としました。」な~るほど!
説明板を読んでいたら、調度時刻となりました。案内人も登場です。
そうなの。この建物は自由見学ではありませんでした。ツアー形式です。
う”…。
ツアー形式は、写真とりつつ説明を聞いてメモも取らねばならんのでヤバいんだよ~。何がヤバいって、やりたい事を全部やるには時間が足りないの~~。
あ。ツアー始まっちゃった!せめて案内人のそばで声を聞かないとメモすら取れないよ~~。
 
歩きながら撮影する。説明もあったんだけど…。メモ撮れなかった…。歩くスピードが早いかも~?

案内人さんは、ツアー説明に携わり6年目の年配の先生でした。
「今グラウンドの所はかつて素晴らしい日本庭園がありましてね。私の子ども等はここで遊んで大きくなったんですよ~」
ン。その情報はいらないや。
でも無駄話の間はシャッターチャンスなのだ。
撮るべし!

撮るべし!

撮るべし~~っ!!!

「こちらをごらん下さい」
いかん。先生が自分話を終えてしまった~~!!

「こちらの杭で雨戸を90度回転させる仕組みになってます」
ああっ!。それ、昔々、どっかで見た事あるぞっ!確かにこういうので雨戸を回転させてたわ~~。

せっかくなので、90度ターン雨戸をさせる上部の画像もおさえておいた!
ってな事で、画像が一杯あるので明日に続きます。
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