大震災時にはもちろん至る所で道路は寸断され、特に小高区に入って太田川より南は約一年間、警戒区域として立ち入りが禁止されていたので、復興は相当遅れましたね。
小高区が立ち入り可能となった2012年4月、国道6号線の方から海岸に近づいてみましたが、村上第二排水機場の近辺は本当に荒涼とした雰囲気でした。
村上第二排水機場
http://chingokokka.sblo.jp/article/55512318.html
小高区浦尻まで進むと浦尻公会堂の近くに綿津見神社があります。
社殿は全壊状態でしたが、2014年という比較的早い時期に、地元住民の手により立派な社殿が再建されましたね。
以前、南相馬市サイトでその様子を見ることができたのですが、今は当該ページがなくなってしまい、かろうじて新潟県三条市のサイト内の「週刊避難者応援情報誌 浜通りXさんじょうライフ」160号に、2014年6月1日の落成式の様子が出ています。
https://www.city.sanjo.niigata.jp/material/files/group/2/hamadori160.pdf
浦尻・綿津見神社周辺(その1)
http://chingokokka.sblo.jp/article/55356048.html
綿津見神社に参詣してから、どのルートを進むか少し迷いましたが、なるべく海岸沿いにという当初方針に従って、林の中の狭い道(県道391号線)を進んだところ、浪江町に入ったあたりに「福島水素エネルギー研究フィールド」という立派な施設が出来ていました。
もともとこの付近は東北電力が「浪江・小高原子力発電所」の建設を予定していた地域で、原発事故により、さすがにその計画は撤回されたものの、買収が進んでいた広大な土地の利用方法として、やはりエネルギー関連の用途が目指されているようですね。
「再エネを利用した世界最大級の水素製造施設「FH2R」が完成」(東芝エネルギーシステムズ株式会社サイト内)
https://www.global.toshiba/jp/news/energy/2020/03/news-20200307-01.html
高瀬川を越えて浪江町請戸地区に入ると、請戸漁港は立派に再建されていましたが、周囲は寂しい光景が広がっていました。
請戸地区を含む浪江町の主要部は警戒区域の解除が南相馬市小高区よりも更に一年遅れ、合計二年のタイムラグがありました。
請戸漁港(その1)(その2)
http://chingokokka.sblo.jp/article/64835247.html
http://chingokokka.sblo.jp/article/64881599.html
それでも請戸漁港は2020年4月に新しく荷捌き施設が完成し、競りが再開されたそうで、かつての「請戸夕市」も「請戸魚市」と改称した上で復活となったようですね。
10日に「請戸魚市」 福島県浪江町の請戸漁港で12年ぶり復活 水産加工品を販売(福島民報サイト内)
https://www.minpo.jp/news/moredetail/20221205103017
以上、本当に慌ただしい行程でしたが、震災遺構の請戸小学校だけはしっかり時間を取って見学してきました。
請戸小学校からJR双葉駅周辺に行き、更に少し北に戻ってJR浪江駅周辺を歩いた後、浪江ICから常磐自動車道に入って帰路につきました。
震災遺構浪江町立請戸小学校
https://namie-ukedo.com/
なお、請戸に関する私のブログ記事はリンク先にまとめてあります。
『浪江町消防団物語 無念』
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/7984a749ef5a7f56e13e9bbf6b8b7536
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