(飛鳥板蓋宮(いたぶきのみや))(蘇我入鹿・乙巳(いっし)の変)
[ポイント]
1.飛鳥板蓋宮で、蘇我入鹿が暗殺された(乙巳の変)。
[解説]
1.642年(皇極天皇元年)、皇極天皇は夫である舒明天皇の崩御により即位し、翌643年、飛鳥板蓋宮に遷都した。
2.『日本書紀』によると645年、飛鳥板蓋宮で発生したクーデター乙巳の変で、皇極天皇の眼の前で蘇我入鹿が暗殺された。
3.乙巳の変により皇極天皇は退位し、(乙巳の変の首謀者とも目される)軽皇子(かるのみこ)が孝徳天皇として即位し、難波長柄豊碕宮(なにわのながらのとよさきみや)に遷都した。
4.皇太子中大兄皇子と不和が生じ、臣下の大半が皇太子に随って飛鳥に去る。孝徳天皇が難波宮で崩御すると654年、斉明天皇(皇極天皇が重祚(ちようそ))は飛鳥板蓋宮に再遷都し即位した。
5.654年の末に板蓋宮は火災に遭い、焼失し、斉明天皇は飛鳥川原宮へ遷都した。
〈2015立大・法:「飛鳥の地には歴代の天皇の宮が集中して営まれた。その始まりは推古天皇の頃といわれている。こうした宮の一例として、皇極天皇の宮として利用され、乙巳の変で蘇我入鹿が暗殺された( ロ )の宮がある。
問A 文中の( ロ )にあてはまる適当な語句をしるせ。」
(答:飛鳥板蓋 )