幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

「殿様の通信簿」磯田道史著 ”松の廊下の刃傷事件(吉良上野介対浅野内匠頭)の背景”

2018-11-23 15:57:07 | 本の紹介
・「土芥寇讎記」 幕府隠密の“秘密情報”
 ・おそらく幕府高官が隠密の「探索」に基づいて書いたもの
 ・元禄三(1690年)ごろに書かれたもので、当時の大名243人の人物評価を載せた稀有な書物であること
 ・現存するのは東京大学史料編纂所所蔵の一冊だけである

・水戸黄門
 中国では黄色は皇帝の色で、宮廷の門は黄色に塗ってあった。その黄色い門のうちを支配する役職が、黄門侍郎で、日本では、中納言がこれにあたるとされた。

・「通信簿」をみるかぎり、光圀の成績は、悪くない。家来にも領民にも憐み深く、気前のいい殿様で、みな安心している。一応、そう書かれている。「土芥寇讎記」の大名評価は辛辣なものが多く、光圀のように「善政」をたたえられる大名は少ない。

・一藩に13人の藩主がいて、藩の数は約250。13×250=3250.つまり「大名の経験者」は三千人以上いた。

・「足利・織田の子孫は優遇する。豊臣の子孫は殺す」。吉良家は足利の子孫である。そのため、吉良家は「高家」となり、破格の優遇をうけた。ひとえに血統の良さによる。高家は禄高は少ないが、官位はずば抜けて高い。吉良家の家禄はわずか4200石にすぎない。ところが、吉良上野介の官位は、恐ろしく高い。従四位上・左近衛権少将という破格のものであった。「浅野内匠頭の従五位下と、たいして変わらないのではないか」。あるいは、そう思われるかもしれない。たしかに、吉良の位階は、浅野より三ランク高いだけである。しかし、この三ランクの差は大きい。天と地ほどの差である。当時、加賀百万石の前田綱紀と位と同じであった。つまり、4200石の旗本吉良家は、百万石の前田家と位のうえでは同格だったのである。江戸城のなかで、大名の席順は、石高でなく官位できます。そのため、「官位」は、大名の最大の関心事になっていた。吉良上野介が、赤穂五万三千石の浅野内匠頭を馬鹿にしきっていたのは、ひとえにこの官位の差によるものであった。おそらく、吉良は内匠頭を遠慮なく罵倒したのであろう。そして、あの刃傷事件がおきてしまったのである。
浅野がこだわり、一歩も譲らなかった「自意識」とは、城持大名という強烈な誇りであった。

・内匠頭は「昼夜、閨房にあって、(女と)たわむれ」とあるように、昼間も「奥」にひきこもって出てこず、奥向きのおなごと、いちゃついている。当然、政治にはならない。それで「政道は幼少の時より成長の今に至るまで、家老の心に任せている」というように、結局、家老の大石内蔵助らが政治をみていた。「内匠頭が閨房で女と戯れ、ちっとも政務に出てこない。仕方なく、大石が筆頭家老として藩政を取り仕切っていた。それで、藩士は大石の言うことをきく習慣ができていた」とういうことも考えられるのである。「殿さまの通信簿」は、最後に、内匠頭の人物評をまとめている。なかなか手厳しい。注目すべきことに、大石の態度についても激しく批判している。
内匠頭は「女色にふけるの難」があり、「婬乱無動」だと、はっきりいっている。そのうえ、このままでは「家を滅ぼす」という、恐ろしい預言まで残している。そして、批判の矛先は、大石たち家老に向けられている。「なぜ若い主君が色に溺れるのを黙ってみているのか、なぜ諫めないのか」ととがめ、家老の大石内蔵助と藤井又左衛門を、不忠の臣として、名指しで批判している。

・江戸時代をはじめ、「名君」は四人いる。一人は水戸の徳川光圀、もう一人は金沢の前田綱紀、会津の保科正之、そして、岡山の池田光政である。いずれも儒学を好み、みずから藩政をみちびいて、治績をあげた。

・前田利家「絶対に、子のことを悪くいってはいけない。なかでも、他人のまえで自分の子を悪しざまにいうのが一番いけない」という。子どもに悪いところがあったら、「こうしたほうがよい」と、子ども本人に丁寧に教えてやればよいだけだ、というのである。親子が仲違いしてしまっては、元も子もない。

・「利長様はご自身で毒を飲まれた」 江戸時代、加賀藩では、この話は公然の秘密であった。前田利長は徳川との対決をさけるため、毒を飲んで自分の存在を消し、それで晴れて前田家は徳川方として豊臣攻めに加わることができた。加賀藩ではずっと、そのように信じられてきた。利長は父利家から「秀頼公を御守りするよう」に遺言されていた。(せがれ)利常は徳川から秀忠の娘を貰って婚姻関係があった。

・島津の兵力が大きいのは「兵農分離」というものが不完全で、たくさんの郷士がいたからである。延岡藩(内藤氏)は士族比率が全人口の3.44%である。ところがその南の高鍋藩(秋月氏)では18%になり、佐土原藩(島津氏)は35%、飫肥藩(伊東氏)では20%、宮崎県内の鹿児島藩領では31%となっていて、10倍ぐらい士族の比率がちがう。明治に士族の制度ができたとき、日本の士族の十人に一人は鹿児島藩士であった。

・家康が武田が残した人を煎るための釜を見つけ、背いたらこの釜で煎るぞと脅しのために活用しようと運ばせた。そこへ作左衛門が来て、この窯を粉々に打ち砕いた。奉行の話によれば、作左衛門は、釜を壊しながら、こう、捨てゼリフを吐いたという。
「帰って、家康公の申せ。釜で煎り殺すような罪人が出来るようでは、天下国家を治めることは生り申さず、そのようにいって、作左衛門が砕いた、と」
天下人であった信長が斃れ、いまや家康は三河・遠江に駿河・甲斐。信濃を加えた「海道一の弓取り」となっている。(まかり間違えば、天下を治めることも・・・)。誰にも口にしたことはないが、それを考え始めていた。それは楽しい空想であったが、恐ろしくもあった。だから、家康には作左衛門の言葉が突き刺さった。明らかに、作左衛門は、天下を治めることについての理念を語っている。どうも、それは、これまで家康が経験し実践してきたものとは異なるらしい。暴力と恐怖。これでしか、人々の放埒を押しとどめることはできない。この釜を見せしめにつかってみようと考えたのだが、作左衛門が、その釜を打ち砕いてしまった。釜を打ち砕いただけでなく、作左衛門は「強ければ従い、弱ければ叛く」という家康のこれまでの政治上の理念まで打ち砕こうとしている。天下を治める理念は、そういうものとは違う。作左衛門は、そういう途方もない哲学的命題を、家康の胸につきつけてきた。その作左衛門をいかに処罰するか・・・。家康はいま、それを考えている。家康は口をひらき、作左衛門に処分を言い渡した。
「作左衛門。過日、安倍川の煎人釜をはこべ、と命じたのは、わしの間違いであった。昨日、そのほうが、釜をこわして途中でいった口上は奉行からきいた。わしの間違いに、気づいてくれたこと、かたじけなく思う。この後も、なお、頼みに存ずる」 咎めなし。
作左衛門は、片目がつぶれた顔を家康にむけ、火傷のあとがのこる拳を握り締めて、大声でいった。「かかる尊慮にあらせられなば・・・国家は万代不易に候」。その声は、浜松城の殿中にこだまし、強く、そして重々しく、響いた。
家康が天下を取ったのは、このときから数えて、およそ二十年後のことである。その天下は本田作左衛門が「万代不易」と予言したように、永くつづいた。
ただ、家康が天下人になったとき、作左衛門はもうこの世にいなかった。

・われわれは、殿様ではない。殿様ではないけれども、地球規模でみれば、日本人は、とても人類普通の生活をしている人々とはいえないのもたしかである。どうやら、われわれは、自分たちが思っている以上に、この世界について、大きな影響をおよぼしている人々なのかもしれない。
この国の人々は、この世界にたいして、何ごとかができるほどの大きな責任をもっているなどと、大上段にかまえてしまうと、少々、げんなりしてしまうが、二百年以上もまえに、はじめて現代人と同じような生活を経験してしまった人々の伝記を書きおえて、私が思い至ったのは、なぜか、そのことであった。

感想
おもしろかった。
歴史がイキイキとしてくるのを感じました。

赤穂浪士の仇討。
加賀百万石の前田家がなぜ取り潰されなかったのか。

前田家は関ケ原の合戦の報奨として、四国全体の転藩を言われたが断っているとのこと。
四国に移っていたら、日本の歴史も変わっていたかもしれません。
四国は加賀よりも国を豊かにできる可能性が大きかったので。

それにしても、徳川家康はしたたかなかつ優れた知能の持ち主だったようです。









トップ2人の不正追及 司法取引2例目は「理想型」 ”はたして、理想型なのだろうか?”

2018-11-21 00:26:44 | 社会
https://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/sankei-afr1811200056.html (産経新聞)
 日産自動車代表取締役会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)を金融商品取引法違反容疑で逮捕した東京地検特捜部が、日産の外国人執行役員との間で、捜査協力の見返りに刑事処分を軽減する「司法取引」に合意していたことが明らかになった。司法取引初適用となった7月の事件では、不正に関与した社員への捜査協力の見返りに、企業が刑事責任を免れる構図だったため、「トカゲの尻尾切り」との批判もあった。だが、2例目とみられる今回は、実行犯の部下らの協力を得て上層部の不正を摘発する「理想型」に近い−と専門家は指摘する。

 司法取引は共犯者の事件の捜査や公判に協力する見返りに、容疑者や被告の起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする制度で、今年6月に導入された。

 初めて適用されたのは、特捜部が7月に立件したタイの発電所建設事業をめぐる「三菱日立パワーシステムズ」(MHPS)の贈賄(ぞうわい)事件だった。特捜部は法人としてのMHPSと司法取引し、不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)罪で元取締役ら3人を在宅起訴する一方、捜査に協力した法人は不起訴にした。

 「司法取引第1号事件は国民感情にも合わないものだった」。元検事の落合洋司弁護士はこう振り返る。
 立件が難しいとされる組織犯罪や政官界の汚職などの解明につながる「新たな捜査の武器」になると期待された司法取引だったが、初適用された事件は、末端社員らの捜査協力を得て会社上層部の摘発を目指すという当初の想定と逆の構図となり、検察内外で疑問視する声が上がった。

 しかし、ゴーン容疑者と代表取締役のグレゴリー・ケリー容疑者(62)が逮捕された今回の事件は、「当初想定された司法取引に近い」(落合弁護士)形態だった。日産の執行役員が司法取引に応じ、会長と代表取締役という企業のトップ2人の犯罪について捜査に協力したとみられるためだ。企業法務に詳しい木川雅博弁護士は「トップの摘発につながった今回は司法取引の理想型だ」と話す。

 国民が期待する会社犯罪や組織犯罪の上層部に切り込み、事件の全容を解明する「遡上(そじょう)捜査」は実現できるのか。今回の事件は制度の試金石となりそうだ。


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181120-00000113-jij-soci
報酬過少申告、異例の立件=有価証券報告書の虚偽記載―ゴーン容疑者逮捕 時事通信 11/20(火)


 日産自動車会長のカルロス・ゴーン容疑者らの逮捕容疑は、役員報酬を実際より過少に申告したことによる有価証券報告書(有報)の虚偽記載だった。

 有報虚偽記載での立件は、過去にもカネボウなどの大企業による粉飾決算に適用されてきたが、個人の役員報酬に対する適用は極めて異例とみられる。

 有報虚偽記載の個人に対する罰則は、2006年に証券取引法を改正して成立した金融商品取引法で「懲役10年以下もしくは1000万円以下の罰金」とされている。12年には、オリンパスの旧経営陣らが有報に資産を水増し計上したとして、同法違反(虚偽記載)の疑いで逮捕されている。

 しかし、証券取引等監視委員会によると、役員報酬の虚偽記載をめぐる立件は例がないとみられるほか、行政処分に当たる課徴金勧告も前例がないという。 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181121-00000002-asahi-soci
法人としての日産も立件へ 長期で巨額の虚偽記載を重視 朝日新聞11/21(水)


 日産自動車の代表取締役会長カルロス・ゴーン容疑者(64)が報酬を約50億円過少に申告したとして、金融商品取引法違反容疑で逮捕された事件で、東京地検特捜部が法人としての日産を立件する方向で検討していることがわかった。有価証券報告書への虚偽記載が長期にわたって続いていたとして、特捜部は法人の責任も重視。法人も罰する「両罰規定」の適用に向けて捜査を進める。

感想
司法取引した部下。
しかし、この部下は上級幹部です。
つまり、幹部自身が違反行為をしていたことになります。

日産は不正検査や排ガス違反で問題になりました。
当時は一部の社員がしたと責任者は自らの問題と認識されませんでした。
結局、経営層自身が不正を行っている体質だったので、末端も不正を行ってしまったのでしょう。

ゴーン氏一人の問題ではなく、会社としてそれを数年も偽証を続けていた体制と上級幹部の問題、まさに会社の問題だと認識されるべきだと思うのですが?

日産の経営陣もトップの顔色をうかがい不正を行っていたことになります。
まるで森友学園、加計学園の問題と同じです。
日産は事件に、官僚は不問に、なにか割り切れませんが・・・。

45年ずっと日産の車でしたが、日産が不正の体質から脱却できるのはいつになるのでしょうか?

「人の税金で大学に」=東大出身市長に―麻生財務相 ”人の税金で財務大臣を! そして森友学園問題で国有財産をバーゲン販売!””

2018-11-20 17:56:06 | 社会
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181120-00000064-jij-pol 時事通信11/20(火)

 麻生太郎財務相は20日の衆院財務金融委員会で、福岡市長選の応援演説で東大出身の北九州市長について「人の税金で大学に行った」と発言したことを明らかにした。

 立憲民主党の川内博史氏への答弁。

 麻生氏の発言は国立大出身者への批判とも受け止められかねず、不適切との指摘が出ていた。

 同氏は「(国立大と私立大では)使われている税金の額が違うことを意識してほしいとの趣旨だ」と釈明。東大出身の北九州市長に対し、自身の応援候補が私立大出身ということを踏まえ、「出身大学は関係ないという意味で言った」と説明した。 

感想
人の税金で財務大臣で、森友学園問題で、その税金をバーゲンセールをされた責任者なんですが。

この方の脳の構造はどうなっているのだろうと思います。

ナチの問題発言「ナチが行ったワイマール憲法を無力化したように、その手法を学べばよい」をされました。

「人の税金で大学に行った」
言葉を換えると、「人の税金で大学に行けなかった」ひがみなのでしょうか?
私立にも税金がつぎ込まれています。
五十歩百歩なのですが。
中国の故事をご存知だと良いのですが・・・。

「北海道室蘭市本町一丁目四十六番地」安田顕著 ”貧しくても親の愛情をたっぷり受けて!”

2018-11-20 08:50:28 | 本の紹介
父は鉄工所の溶接工として働いて、家族を養いました。お酒好きで失敗談もたくさんありました。
母は裕福な家で生まれたけど、母の父親が倒産して、父が酒浸りになりそれがきっかけで、母の母は離婚して生活保護を頼りに子どもを育ててくれた。

・船のデッキでアマゾン川の景色を眺めていたとき(仕事でブラジルへ)、ヨーコさん(現地の通訳)が笑顔で私におっしゃった言葉を思い出します。
「日本は自殺が多いんでしょう。どうせ死ぬなら、この景色を観に来てから死んでくださればいいのに」。ブラジルは生きるエネルギーに溢れる国でした。

・母(和江)は私に言いました。「泣いても、悔しくても、恨まなかった。そんなときは、社会のせいにした」

・母和江に一番幸せだったことは何かと私が尋ねると、「お兄ちゃんとアンタを産んだこと」。母はそう答えてくれました。

感想
父親の思い出と自分の小さい時の思い出を記されています。
そして、父親との会話(小さい時はなかった)をも掲載されています。

両親は”労音”の活動で知り合ったそうです。
当時父親は労音の仕事をしていましたが、結婚で生活するために溶接工になったそうです。

昔は貧しい家庭が多かったのでしょう。
鉄鋼の衰退とともに仕事もなくなり大変だったようです。
貧しいのに、お酒だけはたくさん飲んでいたようです。
お酒を生活費に回せばと思うのは、お酒が好きでない人の発想でしょうか?
そんな父親からも愛情を受けて育てられたようです。
特に母親からの愛情は大きかったようです。
その愛情があったからこそ、今の安田顕さんがいらっしゃるように思いました。

https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/009aaaa86ab6f64f6ff7180f9321d26a
阿川佐和子さん「サワコの朝 安田顕さん」 ”チャレンジしてみて、自分の可能性を探す”














「苦悩する人間」V・E・フランクル著 ”自分に課せられた苦悩をどのように引き受けるかにより意味のある人生に!”

2018-11-18 13:33:33 | 本の紹介

・けれども、苦悩そのものが問題なのではない。「何のために苦悩するのか?」という叫びに答えないことが問題なのである。(フリードリッヒ・ニーチェ)
・私たちがロゴセラピーと名づけているものの関心は、ロゴスを心理療法に取り入れることにあります。そして私たちが実存分析と名づけているものの課題は、実存を心理療法に取り込むことにあります。心理療法がロゴスを顧慮するとは、意味と価値を顧慮することと同じ意味です。心理療法が実存を自省するとは、自由と責任を自省することと同じ意味です。意味と価値を顧慮するは、存在当為(あるべきこと)を顧慮することと同じです。そして、自由と責任を自省するとは、存在可能(ありうること)を自省することと同じです。
・ロゴセラピーと実存分析はいずれも「精神的なものに定位された」心理療法ですが、その限りこの両者は、片や「精神的なものから」の療法としてのロゴセラピー、片や「精神的なものに向かって」の分析としての実存分析に分けられます。ロゴセラピーが精神的なものから出発するのに対して、実存分析は精神的なものへ向かいます。
・心理療法をロゴセラピーと取り替えることは可能ではありませんが、心理療法をロゴセラピーによって補完することは必要です。
・ベータ―・R・ホーフシェテッター「心の三つの法廷はそれぞれ、その弁護人となる心理療法家を見出した。エスはフロイトを、自我はアドラーを、超自我はC・G・ユング、R・アラースおよびV・フランクルを見出した」
・精神分析にとっては、つねに背後に何かがあります。ありとあらゆるものの背後に何かがあるのです。精神分析がつねに何かの仮面を剥ごうとしているのもそのためです。精神分析は本質的に「仮面を剥ぐ」心理療法なのです。
・宿命論的な態度の人は、衝動のせいに、無意識のせいに、エスのせいにして言い逃れをします。
・「政治とは、あらゆる策略(トリック)が許されているゲームである」(ヒトラー)

・自分の書かれていない内的な生涯史の決定的な章にいわばまだ修正を加えることが自分の力でできるとします。この格率を次の命法形式で言い表すことができるでしょう。「あたかも、あなたは今二度目の人生を生きていて、一度目は、今まさに自分がしようとしていうようにすべて間違ったことをしたかのように生きよ」。

・「汝があるとことのものになれ」(ゲーテ)
 私が私自身になるということも重要なのです。

・「創造価値」「体験価値」「態度価値」

・「人間存在を『決断存在』と定義」(ヤスパー)

・「私はリトル病にかかっている。そして、この病気は私に課せられている。私はこの病気から何を生み出すのか、この病気から何を始めるのか、という問いの前に立たされている」。

・「自らの苦悩を踏み台とする者、さらに高きところを歩むなり」(ヘルダーリン)

・苦悩は業績であり、成長です。しかしまた苦悩は成熟でもあります。というのも、自分を超えて成長していく人は、自分自身へと成熟していくからです。そうです。苦悩の本来の業績とは、成熟過程にほかならないのです。

・人間とは、自分がどのような存在であるかをつねに決断する存在者です。動物のレベルにまで落ち込む可能性と同じほど、聖人的な生にまで高揚する可能性をも秘めた存在者です。人間は、なにしろガス室を発明した存在者です。しかし同時に、まさにそのガス室へと、毅然とした態度で、主の祈りやユダヤの死の祈りを唱えながら歩み入った存在者でもあるのです。これが要するに人間なのです。

・「神を信じるとは人生に意味があることに気づくことである」(ルートヴィトゲンシュタイン)

・自分に課せられた苦悩をどのように引き受けるか。「どのように」苦悩するかにこそ、「何のために」苦悩するかという問いに対する答えがある。

感想
ロゴセラピーでは「人生から問いかけてくる。それにどう応えるか」によって、人生に意味が出てくると考えます。
その苦悩を踏み台にすることもできれば、苦悩に踏み倒されることを選ぶこともできます。
人生に意味があると思えば意味があり、意味がないと思えば意味がなくなってしまいます。
まさに、「人生からの問いかけ(苦悩も含め)」にどう応えるかなのでしょう。、