「わしの身内によくぞそんな口を叩いてくれたな! たとえ鎌倉殿でも許せねえ!
言っちまった……。どうやらここまでのようだ……。わしは降りた。
鎌倉の生活は窮屈でいけねえ。伊豆へ帰る」
時政(坂東彌十郎)の本音である。
前半は父親としての思い。
後半は「京のようになっていく鎌倉」への違和感だろうか?
上総広常(佐藤浩市)が京にのぼった時のために文字を練習していたように板東武者たちは「京のようになっていく鎌倉」に居心地悪さを感じている。
現に鎌倉政権には大江広元(栗原英雄)ら公家達が入って来た。
今回の「後妻打ち」も都の作法だ。
頼朝(大泉洋)のアイデンティティは「都」なんですね。
あまり「板東」には馴染んでいない。
そこに今回のような摩擦が生まれる。
北条は「鎌倉の要石」、果たしてどうなるのか?
……………………………
義経(菅田将暉)の「好戦」は今回も。
「そんなこと(馬曳き)をするためにここにいるわけではありません」
「平家と戦えぬ私は役立たずです」
こんな好戦性が今回に焼打ちに。
これを「若者のあふれるエネルギー」と言うべきか?
「いくさの天才ゆえの抑圧・暴発」と言うべきか?
「限度や常識を知らぬ子供の無邪気さ」と言うべきか?
八重(新垣結衣)の心も複雑だ。
「お任せいたします」
父と兄を失い、流されるままの八重。
父兄の死は千鶴丸の時と同様に殺害だと思っている。
こんな残酷で理不尽な世界に心を閉ざしてしまうのは当然だろう。
そんな八重に義時(小栗旬)は、無神経にも頼朝の命令による父兄殺害を話してしまう。
認めたくない現実を知らされて激怒する八重。
現実を正当化するため自分にこう言い聞かせる。
「佐殿は千鶴丸の仇を取ったのです!」
八重としてはこう言うしかないんだろうなあ……。
こうしなければ、頼朝を憎んでしまう、この世の残酷に身を引き裂かれてしまう。
こういう心の機微がわからない義時は未熟だ。
さまざまな不安要素を内包して進んで行く鎌倉政権。
進んだ先にどんな風景が見えるのか?
言っちまった……。どうやらここまでのようだ……。わしは降りた。
鎌倉の生活は窮屈でいけねえ。伊豆へ帰る」
時政(坂東彌十郎)の本音である。
前半は父親としての思い。
後半は「京のようになっていく鎌倉」への違和感だろうか?
上総広常(佐藤浩市)が京にのぼった時のために文字を練習していたように板東武者たちは「京のようになっていく鎌倉」に居心地悪さを感じている。
現に鎌倉政権には大江広元(栗原英雄)ら公家達が入って来た。
今回の「後妻打ち」も都の作法だ。
頼朝(大泉洋)のアイデンティティは「都」なんですね。
あまり「板東」には馴染んでいない。
そこに今回のような摩擦が生まれる。
北条は「鎌倉の要石」、果たしてどうなるのか?
……………………………
義経(菅田将暉)の「好戦」は今回も。
「そんなこと(馬曳き)をするためにここにいるわけではありません」
「平家と戦えぬ私は役立たずです」
こんな好戦性が今回に焼打ちに。
これを「若者のあふれるエネルギー」と言うべきか?
「いくさの天才ゆえの抑圧・暴発」と言うべきか?
「限度や常識を知らぬ子供の無邪気さ」と言うべきか?
八重(新垣結衣)の心も複雑だ。
「お任せいたします」
父と兄を失い、流されるままの八重。
父兄の死は千鶴丸の時と同様に殺害だと思っている。
こんな残酷で理不尽な世界に心を閉ざしてしまうのは当然だろう。
そんな八重に義時(小栗旬)は、無神経にも頼朝の命令による父兄殺害を話してしまう。
認めたくない現実を知らされて激怒する八重。
現実を正当化するため自分にこう言い聞かせる。
「佐殿は千鶴丸の仇を取ったのです!」
八重としてはこう言うしかないんだろうなあ……。
こうしなければ、頼朝を憎んでしまう、この世の残酷に身を引き裂かれてしまう。
こういう心の機微がわからない義時は未熟だ。
さまざまな不安要素を内包して進んで行く鎌倉政権。
進んだ先にどんな風景が見えるのか?
今回の顛末は、ほぼWiki「亀の前」の記述にあるとおりですが、Wikiを読む限りでは北条家、特に時政と頼朝との間にかなりの亀裂が入ったような印象を受けます。
しかし、本作では「問題児・義経の暴走」を入れ込むことにより、ドタバタ喜劇仕立てになって、むしろ深刻感が和らいだように思いました。
Wiki「亀の前」の記述には義経の関与は書かれていません―『吾妻鏡』でどうなのかは知りませんが。
そして、これまで義経が政子には懐いて(甘えて)いた描写が、今回の伏線だったことが判明しました。
三谷氏の解釈では、この時期の「後妻打ち」とは、ほんの形ばかり相手の家を壊して見せるだけの半ば儀礼化した「焼き餅の表現」だったのに、「政子べったり」の義経が「本格的にやらかして」しまった、という訳です。
>八重の心も複雑だ。こういう心の機微がわからない義時は未熟だ。
義時も今後妻―それも時期を追って複数の―を持つわけですが、無論その中に八重の名はありません。
ことによると義時は、誠実・有能な政治家としては成長してゆくものの、「女性の心」に関しては今後も「からっきし駄目な男」として描かれるのかもしれませんね。
だからこそ、妻(たち)ではなく、ひたすら空回りしまくりの相手である八重が「ヒロイン」扱いなのかもしれません。
いつもありがとうございます。
頼朝、まわりの人間をコントロールできていないようですね。
弟・義経。妻・政子。義母・りく。
そして時政。
みんなが予想外の行動に出て困り果てている感じです。
毎回、義時に「小四郎、何とかせい!」ですし。笑
そんな中、唯一怒りをぶつけられるのが今回髻を切られたりくの兄。
このぎくしゃくが深刻なドラマにならないことを願います。
政子は義経を擁護し続けるんでしょうね。
膝枕以来、可愛がっている感じです。
義時と八重の恋愛物語はどこに向かうんでしょうね。
「からっきし駄目な男」として、ふられ続けるのがパターンになるのか?
予告を見るかぎり、次回展開がありそうですね。
「吾妻鏡」はまず図書館で借りて、ざっと目を通してみます。
おそらく今作で見ているので、ドラマの内容を確認する形で読める気がしています。多分……。
古典を味わえると、これはこれで愉しいんですよね。
それでも、彼女の立場は都の価値観では正妻とみなされてないのも大きいでしょうね。
それで亀の前みたいな悪賢い女がいれば内心は焦るでしょうな。
史実を見てると頼朝と八重姫の婚姻は祐親は認めてたようです。
源氏の嫡男で従五位右兵衛佐である頼朝は坂東では大変な貴種で酢から、保護する価値はあります。
しかし、頼朝は祐親の孫娘にあたる政子とも関係を持とうとしたので、客分の頼朝に家を乗っ取られるのを恐れた祐親は頼朝と千鶴丸を始末することを選択したそうです。
こっちの方が祐親の行動は納得がいきますし、頼朝も恩を仇で返すド屑なのが解りますな。
頼朝のアイデンティティは「都」は事実ですね。
親父の義朝は軍事貴族として、没落しかけた実家を立て直して、母親は由良御前は藤原氏の傍流ですから、貴族として矜持を持ちますよ。
そう考えると頼朝が自分と子供たち以外に冷淡なのも解りますわな。
お久しぶりです。
>、頼朝は祐親の孫娘にあたる政子とも関係を持とうとしたので、客分の頼朝に家を乗っ取られるのを恐れた祐親は頼朝と千鶴丸を始末することを選択したそうです。
教えていただきありがとうございます。
頼朝は一応主人公側の人間なので、あまり悪くは描けないんでしょうね。
今作のポイントは主人公側の人間をどう描くかですね。
あまり非道に描くと、視聴者が裏切られた気持ちになってしまいますし。